賃貸等不動産の時価とは?会計基準と鑑定評価の関係を解説
賃貸等不動産の時価開示に関する会計基準と不動産鑑定評価の関係を解説。対象となる不動産の範囲、時価の算定方法、開示の実務、鑑定士試験の出題ポイントを網羅的に説明します。
賃貸等不動産の時価とは
賃貸等不動産の時価とは、「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」(企業会計基準第20号、2008年11月公表、2010年3月期から適用)に基づき、企業が保有する賃貸等不動産について注記により開示すべき時価のことである。この会計基準は、投資情報としての有用性を高めるため、賃貸等不動産の時価情報を財務諸表の注記として開示することを求めている。
賃貸等不動産とは、棚卸資産に分類されている不動産以外のもので、賃貸収益またはキャピタル・ゲインの獲得を目的として保有されている不動産(ファイナンス・リース取引の貸手における不動産を除く)をいう。具体的には、貸しビル、貸駐車場、遊休土地などが該当する。この時価の算定において不動産鑑定評価が中心的な役割を果たしており、鑑定士にとって実務上極めて重要な分野である。
会計基準における位置づけと背景
制定の背景
日本の会計基準では、固定資産は原則として取得原価で計上される(取得原価主義)。しかし、賃貸等不動産のように投資目的で保有される不動産については、その時価情報が投資判断にとって重要であるとの認識が高まった。国際的にはIAS第40号「投資不動産」が公正価値モデル(時価評価)を選択適用として認めている背景もあり、日本基準では時価評価までは求めないものの、注記による時価開示を要求する形で対応した。
対象となる不動産の範囲
賃貸等不動産に該当するか否かの判断は、保有目的に基づいて行われる。以下の不動産が主な対象となる。
賃貸等不動産に該当するもの:
- 賃貸されている不動産(オフィスビル、商業施設、マンション等のうち賃貸に供しているもの)
- 遊休不動産(将来の使用が見込まれていないもの)
- 開発中の不動産で将来賃貸を予定しているもの
賃貸等不動産に該当しないもの:
- 自社で使用している不動産(本社ビル、工場等)
- 棚卸資産に分類される不動産(販売用不動産)
- ファイナンス・リース取引の貸手における不動産
なお、一棟の建物のうち一部を自社使用し、一部を賃貸している場合には、賃貸部分の割合が重要であるかどうかにより、当該不動産全体を賃貸等不動産として取り扱うか、自社使用不動産として取り扱うかを判断する。自社使用部分の割合がおおむね90%以上であれば、全体を自社使用不動産として取り扱うことができるとされている。
開示すべき事項
注記として開示すべき事項は以下のとおりである。
- 賃貸等不動産の概要(用途、所在地域等の概況)
- 賃貸等不動産の貸借対照表計上額および期中における主な変動(取得・売却・減損等)
- 賃貸等不動産の当期末における時価およびその算定方法
- 賃貸等不動産に関する損益(賃貸収益、賃貸費用、減損損失等)
具体例・実務での使われ方
時価の算定方法
賃貸等不動産の時価は、市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の金額であり、不動産鑑定評価基準における正常価格の概念に対応する。
会計基準の適用指針では、時価の算定方法について段階的なアプローチを示している。
第一に、不動産鑑定評価基準に基づく鑑定評価額を用いる方法が最も信頼性が高いとされる。重要性が高い賃貸等不動産については、原則としてこの方法によることが望ましい。
第二に、一定の評価技法に基づいて自社で算定する方法がある。例えば、収益還元法の簡便な適用や、路線価・固定資産税評価額からの推定値を用いる方法である。ただし、この方法は重要性の低い不動産に限定されるべきである。
第三に、適切な市場価格に基づく金額を用いる方法がある。例えば、近隣の取引事例に基づく推定値を用いる方法であるが、精度の面で課題がある。
実務における鑑定評価の活用
実務上、上場企業は毎期決算時に賃貸等不動産の時価を把握する必要がある。しかし、すべての不動産について毎期鑑定評価を取得することはコスト面で現実的でない場合もある。そこで、以下のような実務対応が行われている。
重要な物件については、3年から5年程度の周期で正式な鑑定評価を取得し、中間期には簡易な時点修正(地価変動率の反映等)で対応する方法が一般的である。また、物件数が多い不動産会社や投資法人(REIT)では、ポートフォリオ全体を複数の鑑定業者に分割して依頼することが多い。
J-REITにおける時価開示
J-REIT(不動産投資信託)は、投資法人計算規則に基づき、保有不動産の鑑定評価額を決算期ごとに開示する義務を負っている。J-REITの場合、すべての保有不動産について毎期鑑定評価を取得するのが通例であり、鑑定評価額が投資口価格の形成に直接影響を与える。このため、J-REIT向けの鑑定評価は、不動産鑑定士にとって重要な業務分野となっている。
具体的な開示例
ある上場企業が賃貸用オフィスビル3棟を保有しているケースを想定する。帳簿価額の合計が50億円、鑑定評価額の合計が75億円の場合、注記には帳簿価額50億円と時価75億円の両方が開示される。これにより、投資家は取得原価主義では把握できない含み益(25億円)の存在を認識できる。
試験での出題ポイント
対象不動産の判定
自社使用不動産、賃貸不動産、販売用不動産の区分を正確に判定できることが重要である。特に、一棟の建物の一部を賃貸し一部を自社使用するケースの判断基準は出題されやすい論点である。
時価の概念と鑑定評価の正常価格との関係
賃貸等不動産の時価が、不動産鑑定評価基準における正常価格に対応することを理解しているかが問われる。また、市場価格が存在しない場合の時価の算定方法として、DCF法等の評価技法が用いられることも押さえておく必要がある。
日本基準とIFRSの比較
IAS第40号では、投資不動産について公正価値モデル(毎期時価評価して損益に反映)と原価モデル(取得原価で計上し時価を注記)の選択適用が認められている。日本基準は注記のみの開示を求めており、貸借対照表上の計上額には時価を反映しない。この違いを正確に説明できることが求められる。
減損会計との関係
賃貸等不動産についても減損会計は適用される。時価が帳簿価額を下回っていても、減損の兆候の有無から順に判定を行い、減損損失の認識要件を満たす場合にのみ帳簿価額の切下げが行われる。時価開示と減損会計は別個の制度であり、時価が帳簿価額を下回ることが直ちに減損損失の計上を意味するわけではない点を理解しておくべきである。
よくある疑問・誤解
「時価開示=時価評価」ではない
最も重要な区別は、時価開示と時価評価は異なるということである。日本基準における賃貸等不動産の時価は、あくまで注記情報として開示されるものであり、貸借対照表上の計上額は依然として取得原価(減損後の帳簿価額)のままである。IFRSの公正価値モデルを選択した場合のみ、時価変動が損益に反映される。
鑑定評価は毎期必要か
会計基準は毎期の時価把握を求めているが、毎期正式な鑑定評価を取得することまでは必ずしも求めていない。重要性の低い物件については簡便法の使用が認められている。ただし、重要性の高い物件や金額的に大きい物件については、適切な頻度で鑑定評価を取得することが監査上も求められる。
時価が帳簿価額を上回る場合の取扱い
時価が帳簿価額を大幅に上回る場合(含み益がある場合)でも、日本基準では帳簿価額の切上げ(評価益の計上)は行わない。あくまで注記による開示のみである。これは取得原価主義の枠組みの中での対応であるため、評価益は実現するまで損益に反映されない。
賃貸等不動産と投資不動産の違い
日本基準の「賃貸等不動産」とIFRSの「投資不動産」は、概念としては類似しているが完全に同一ではない。対象範囲や判断基準に若干の差異があるため、両者を単純に同義語として扱うことには注意が必要である。
関連用語
- 減損会計 - 賃貸等不動産にも適用される固定資産の帳簿価額切下げの会計基準
- 低価法 - 棚卸資産(販売用不動産)に適用される評価減の仕組みで、賃貸等不動産の時価開示とは適用対象が異なる
- 国際評価基準(IVS) - IFRSの公正価値測定と連動するグローバルな評価基準
- 資産除去債務 - 賃貸等不動産の時価算定に際して考慮すべき除去費用に関する会計基準
- スティグマ - 不動産の時価に影響を与える心理的要因で、鑑定評価額に反映される場合がある