事業承継と不動産鑑定 - 自社株評価における不動産の時価
事業承継における不動産鑑定の重要性を解説。自社株評価で不動産の時価がどう影響するか、純資産価額方式と不動産鑑定評価の関係、含み益の取扱い、鑑定評価で株価を適正化する方法を具体例とともに紹介します。
中小企業の事業承継では、自社株(非上場株式)の評価が大きな課題となります。自社株は証券取引所に上場されていないため市場価格が存在せず、税務上のルールに従って評価する必要があります。そして、この自社株評価において、会社が所有する不動産の「時価」が極めて重要な役割を果たします。
多くの中小企業は事業用の土地や建物を所有しており、帳簿上は取得価額(簿価)で計上されています。しかし、不動産は時間の経過とともに価値が変動するため、簿価と時価の間に大きな差(含み益または含み損)が生じていることが少なくありません。
本記事では、事業承継における不動産鑑定の役割を、自社株評価の仕組みとともに詳しく解説します。
事業承継と自社株評価の基本
事業承継とは
事業承継とは、会社の経営を現経営者から後継者に引き継ぐことです。承継の方法は大きく3つに分類されます。
| 承継方法 | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 親族内承継 | 子や親族に承継 | 最も一般的。贈与税・相続税の問題が生じる |
| 社内承継 | 役員・従業員に承継 | 後継者の資金力が課題になりやすい |
| M&A(第三者承継) | 外部の企業・個人に売却 | 適正な企業価値の算定が不可欠 |
いずれの方法でも、自社株の評価が必要になります。特に親族内承継では、贈与や相続で自社株が移転するため、その評価額が直接的に贈与税・相続税の金額に影響します。
非上場株式の評価方法
非上場株式の相続税・贈与税の評価は、国税庁の「財産評価基本通達」に基づき、以下の方式で行われます。
原則的評価方式
| 会社規模 | 評価方法 |
|---|---|
| 大会社 | 類似業種比準方式 |
| 中会社 | 類似業種比準方式と純資産価額方式の併用 |
| 小会社 | 純資産価額方式 |
特例的評価方式
同族株主以外の株主が取得した株式には「配当還元方式」が適用されます。
中小企業の多くは「小会社」または「中会社」に分類され、純資産価額方式が自社株評価に大きく影響します。
非上場株式の相続税評価において、小会社は原則として純資産価額方式で評価される。
純資産価額方式と不動産の時価
純資産価額方式の仕組み
純資産価額方式は、会社の資産を「相続税評価額」で再評価し、負債を差し引いた純資産の額を基に株式の価値を算定する方法です。
基本算式
ここで「法人税等相当額」とは、資産の相続税評価額と帳簿価額の差額(含み益)に対して法人税等の実効税率(37%)を乗じたものです。
不動産の時価が自社株評価に与える影響
純資産価額方式では、会社が所有する不動産を「相続税評価額」で評価します。通常、これは路線価方式や固定資産税評価額を基にした評価です。
しかし、ここで重要なのは以下の2つのケースです。
ケース1:不動産に含み益がある場合
不動産の相続税評価額が帳簿価額(簿価)を上回っている場合、含み益が生じ、純資産価額が増加します。つまり、不動産の含み益が大きいほど自社株の評価額が高くなり、相続税・贈与税の負担が重くなります。
ケース2:不動産に含み損がある場合
逆に、相続税評価額が帳簿価額を下回っている場合は含み損が生じ、純資産価額が減少します。
| 状況 | 自社株への影響 |
|---|---|
| 不動産の相続税評価額 > 簿価(含み益) | 自社株評価額が上昇 → 税負担増 |
| 不動産の相続税評価額 < 簿価(含み損) | 自社株評価額が下落 → 税負担減 |
具体例で理解する
会社の概要
- 発行済株式数:10,000株
- 帳簿上の総資産:5億円(うち不動産の簿価:3億円)
- 帳簿上の負債:2億円
路線価方式で不動産を評価した場合
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 不動産の相続税評価額 | 4億5,000万円 |
| 不動産以外の資産 | 2億円 |
| 総資産(相続税評価) | 6億5,000万円 |
| 負債 | 2億円 |
| 含み益(4.5億-3億) | 1億5,000万円 |
| 法人税等相当額(37%) | 5,550万円 |
| 純資産価額 | 3億9,450万円 |
| 1株あたり評価額 | 39,450円 |
不動産鑑定評価で自社株の適正化を図る
鑑定評価を使う2つの場面
事業承継における不動産鑑定評価の活用は、主に以下の2つの場面で行われます。
場面1:純資産価額方式で不動産の時価が路線価を下回ることを証明する
路線価方式で評価すると不動産が過大評価となり、結果として自社株の評価額も過大になってしまう場合、鑑定評価によって不動産の「真の時価」を算定し、自社株評価額を適正化します。
路線価を下回る鑑定評価額が認められるのは、以下のような不動産です。
- 不整形な事業用地
- 接道条件が悪い土地
- 土壌汚染のおそれがある工場用地
- 用途が限定される特殊な建物
- 老朽化が著しい建物
- 市場性の低い地域にある不動産
場面2:M&A(第三者承継)における企業価値算定
会社を第三者に売却する場合、会社が所有する不動産の時価が企業価値の算定に大きく影響します。この場合は、路線価ではなく実際の市場価値(鑑定評価額)を用いるのが一般的です。
鑑定評価による自社株評価額の適正化事例
先ほどの例で、鑑定評価を活用した場合を見てみましょう。
鑑定評価で不動産の時価が3億5,000万円と判明した場合
| 項目 | 路線価方式 | 鑑定評価方式 |
|---|---|---|
| 不動産の評価額 | 4億5,000万円 | 3億5,000万円 |
| 不動産以外の資産 | 2億円 | 2億円 |
| 総資産 | 6億5,000万円 | 5億5,000万円 |
| 負債 | 2億円 | 2億円 |
| 含み益 | 1億5,000万円 | 5,000万円 |
| 法人税等相当額 | 5,550万円 | 1,850万円 |
| 純資産価額 | 3億9,450万円 | 3億3,150万円 |
| 1株あたり | 39,450円 | 33,150円 |
| 差額(全株) | ― | 6,300万円減 |
鑑定評価を活用することで、純資産価額が6,300万円減少しました。相続税率30%の場合、約1,890万円の相続税減額効果があります。
純資産価額方式において、会社所有の不動産に含み益がある場合、その含み益全額が自社株の評価額に反映される。
自社株評価に影響する不動産の種類と鑑定のポイント
事業用地(工場用地・倉庫用地)
多くの中小企業は本社や工場、倉庫の敷地を所有しています。これらの事業用地は、以下の理由で路線価評価が実態と乖離しやすいです。
- 大規模な画地であるため、分割売却を想定した開発法が必要
- 土壌汚染のリスクがある(特に工場用地)
- 用途が限定される地域にある
- 建物と一体でなければ売却が困難
鑑定評価では、これらの個別事情を反映した時価を算定できます。
事業用建物(工場、倉庫、店舗)
建物の相続税評価は固定資産税評価額がベースですが、特殊な構造の建物や用途限定の建物は、実際の市場価値が固定資産税評価額と大きく異なることがあります。
| 建物の種類 | 固定資産税評価額との乖離が生じやすい理由 |
|---|---|
| 特殊構造の工場 | 汎用性が低く、他の用途への転用が困難 |
| 老朽化した倉庫 | 修繕費が多額で、経済的な耐用年数が短い |
| 特注仕様の店舗 | 内装・設備がテナント固有で汎用性が低い |
賃貸用不動産
会社が賃貸用不動産を所有している場合は、収益還元法を用いた鑑定評価が有効です。賃料収入の水準や空室率、修繕費などを反映した実態に即した評価が可能です。
遊休不動産
事業に使われていない遊休不動産も自社株の評価に含まれます。遊休不動産は収益を生まないにもかかわらず、路線価方式では一般の土地と同じように評価されるため、鑑定評価で市場性の低さを反映することが有効な場合があります。
事業承継税制と不動産鑑定
事業承継税制(特例措置)の概要
事業承継税制は、後継者が相続・贈与により取得した自社株に係る相続税・贈与税の納税を猶予(一定の条件で免除)する制度です。
| 項目 | 一般措置 | 特例措置 |
|---|---|---|
| 猶予対象株式 | 発行済株式の2/3まで | 全株式 |
| 猶予割合 | 相続80%、贈与100% | 相続・贈与とも100% |
| 適用期限 | なし | 特例承継計画の提出が必要 |
| 雇用確保要件 | 5年平均80%維持 | 実質的に撤廃 |
鑑定評価と事業承継税制の関係
事業承継税制の適用を受ける場合でも、自社株の評価額を適正に算定することは重要です。
- 将来的に事業承継税制の取消事由に該当した場合、猶予税額を納付する必要がある
- その際の税額は申告時の自社株評価額に基づく
- 過大な評価で申告していると、取消時の負担も過大になる
したがって、事業承継税制の適用の有無にかかわらず、自社株の評価額を適正化しておくことが望ましいです。
M&Aにおける不動産鑑定の役割
企業価値算定における不動産の位置づけ
後継者が見つからない場合のM&A(第三者への会社売却)では、企業価値の算定が核心的な作業です。企業価値は一般に以下の方法で算定されます。
- DCF法 - 将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く
- 類似会社比較法(マルチプル法) - 類似する上場企業の株価指標を参考にする
- 純資産法(時価純資産法) - 資産を時価で再評価して純資産を算定する
このうち純資産法では、会社が所有する不動産の時価が決定的に重要です。また、DCF法でも不動産の賃料収入やリース料が将来キャッシュフローに影響するため、不動産の適正評価は欠かせません。
鑑定評価と査定の違いでも解説していますが、M&Aの場面では不動産会社の「査定」ではなく、不動産鑑定士の「鑑定評価」が求められます。法的な裏付けと客観性が必要な取引だからです。
売り手・買い手双方に鑑定評価が必要な理由
M&Aにおける不動産鑑定評価は、売り手と買い手の双方にメリットがあります。
- 売り手のメリット - 不動産の価値を適正に評価し、適正な売却価格を確保できる
- 買い手のメリット - 取得する不動産のリスク(土壌汚染、建物の劣化等)を事前に把握できる
- 双方のメリット - 客観的な第三者評価により、価格交渉の基礎資料となる
M&A(第三者への会社売却)で用いる不動産の時価は、路線価方式の評価額を使うのが一般的である。
事業承継における不動産鑑定の進め方
早期の準備が重要
事業承継は一朝一夕に完了するものではなく、計画的に進める必要があります。不動産鑑定も含め、以下のスケジュールで準備することを推奨します。
| 時期 | 実施事項 |
|---|---|
| 承継の5〜10年前 | 承継方法の検討開始、自社株評価の概算把握 |
| 承継の3〜5年前 | 不動産鑑定の実施、自社株の正確な評価額算定 |
| 承継の1〜3年前 | 事業承継計画の策定、税制の適用検討 |
| 承継実行時 | 株式の移転(贈与・売買・相続)、税務申告 |
専門家チームの編成
事業承継では、複数の専門家との連携が不可欠です。
- 税理士 - 自社株評価、相続税・贈与税の申告、事業承継税制の適用
- 不動産鑑定士 - 不動産の時価算定、鑑定評価書の作成
- 弁護士 - 株式譲渡契約、遺言書の作成、紛争予防
- 中小企業診断士 - 経営計画の策定、事業の将来性分析
- M&Aアドバイザー - 第三者承継の場合のマッチング、企業価値算定
不動産鑑定が必要な5つのケースでも紹介していますが、事業承継は鑑定評価が大きな効果を発揮する場面のひとつです。
まとめ
事業承継において、自社株(非上場株式)の評価額は相続税・贈与税の負担に直結する重大な問題です。純資産価額方式では、会社が所有する不動産を相続税評価額で再評価するため、不動産の時価が自社株の評価額を大きく左右します。
路線価方式では反映しきれない不動産の個別事情(不整形、土壌汚染リスク、用途限定、老朽化など)がある場合、不動産鑑定評価を活用することで自社株の評価額を適正化し、税負担を軽減できる可能性があります。
事業承継は長期的な視点で計画的に進める必要があるため、早い段階で税理士・不動産鑑定士に相談し、自社株の評価額と対策を検討することをおすすめします。