調査範囲等条件を設定できる5つの場面―留意事項の具体例で理解する
調査範囲等条件を設定しても利用者の利益を害するおそれがないと判断される5つの場面を、留意事項の条文に沿って具体例つきで解説。担保評価・売買契約・財務諸表など実務場面ごとに判断の考え方を整理します。
はじめに――設定の可否を決める判断基準
調査範囲等条件は、不動産鑑定士の通常の調査範囲では事実の確認が困難な特定の価格形成要因について、調査の範囲に制約を設ける条件です。しかし、この条件は無制限に設定できるわけではなく、鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないと判断される場合に限り設定が認められています。
では、「利用者の利益を害するおそれがない」とはどのような場合を指すのでしょうか。鑑定評価基準の留意事項(実務指針)は、この判断の手がかりとして5つの場面を例示しています。
特定の価格形成要因について調査範囲等条件を設定しても鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないと判断される場合を例示すれば、次のとおりである。― 不動産鑑定評価基準に関する実務指針 総論第5章
本記事では、この5つの場面をひとつずつ具体例とともに解説し、実務における判断の考え方を整理します。
5つの場面の全体像
留意事項に例示されている5つの場面を一覧で示します。
| 場面 | 条文番号 | 概要 |
|---|---|---|
| 場面1 | (ア) | 依頼者等の調査結果に基づき、利用者が自ら判断できる場合 |
| 場面2 | (イ) | 売買契約等において、当該要因の取扱いが約定される場合 |
| 場面3 | (ウ) | 担保権者が取扱いの指針を有し、判断に資する調査が実施される場合 |
| 場面4 | (エ) | 損失等が保険等で担保される場合 |
| 場面5 | (オ) | 財務諸表上、引当金・注記等で別途考慮される場合 |
これら5つの場面に共通する考え方は、鑑定評価以外の仕組みによって、当該価格形成要因のリスクが適切に管理されているということです。鑑定評価で調査を省略しても、利用者が別のルートでリスクを把握・管理できるのであれば、利用者の利益を害するおそれがないと判断できるのです。
場面1:依頼者等による調査結果に基づき利用者が自ら判断する場合
条文
(ア)依頼者等による当該価格形成要因に係る調査、査定又は考慮した結果に基づき、鑑定評価書の利用者が不動産の価格形成に係る影響の判断を自ら行う場合― 不動産鑑定評価基準に関する実務指針 総論第5章
趣旨
この場面は、鑑定評価の依頼者やその関係者が当該価格形成要因について独自に調査・分析を行い、その結果を利用者に提供するケースを想定しています。利用者は、鑑定評価書とは別に、当該要因に関する情報を入手しており、自ら価格への影響を判断できる状態にあります。
具体例
事例:大規模商業用地の売買に際する鑑定評価
不動産投資会社Aが購入を検討している商業用地について、A社は自社で環境コンサルタントに委託してフェーズ1(書面調査・サイト視察)およびフェーズ2(土壌サンプリング調査)の環境デューデリジェンスを実施しています。
この場合、A社(依頼者であり利用者)は土壌汚染に関する専門的な調査結果を既に保有しているため、鑑定評価において土壌汚染の調査範囲等条件を設定しても、A社は自ら判断できます。
判断のポイント
- 依頼者等が実施した調査の質と範囲が十分であること
- その調査結果が利用者に適切に提供されること
- 利用者が専門的な調査結果を理解し、自ら判断できる能力を有すること
場面2:売買契約等において取扱いが約定される場合
条文
(イ)不動産の売買契約等において、当該価格形成要因に係る契約当事者間での取扱いが約定される場合― 不動産鑑定評価基準に関する実務指針 総論第5章
趣旨
売買契約において、調査が省略される価格形成要因について、契約当事者間で取扱いが事前に合意されている場合です。契約上の約定によってリスクの帰属が明確になっているため、鑑定評価で調査を省略しても利用者の利益を害しません。
具体例
事例:土壌汚染に関する瑕疵担保条項付き売買
工場跡地の売買において、売買契約に以下の条項が盛り込まれています。
- 売主は引渡し後3年間、土壌汚染に起因する損害について瑕疵担保責任を負う
- 土壌汚染が発見された場合の浄化費用は売主が負担する
- 浄化費用の上限は売買代金の20%とする
このような約定がある場合、買主(鑑定評価書の利用者)は土壌汚染リスクについて契約上の保護を受けています。したがって、鑑定評価において土壌汚染についての調査範囲等条件を設定しても、利用者の利益を害するおそれがないと判断できます。
事例:境界に関する合意
売買契約において、以下の合意がなされています。
- 対象地の一部について隣接地との境界が未確定であること
- 引渡しまでに売主の責任で確定測量を完了すること
- 確定測量の結果、面積が公簿面積と一定以上乖離した場合は売買代金を精算すること
この場合も、境界の不確定性に関するリスクが契約で手当てされているため、境界についての調査範囲等条件の設定が認められます。
判断のポイント
- 契約の約定が具体的かつ明確であること
- リスクの帰属と対処方法が当事者間で合意されていること
- 約定の内容が利用者のリスクを実質的に低減していること
売買契約において土壌汚染に関する瑕疵担保条項が設けられている場合、鑑定評価において土壌汚染に係る調査範囲等条件を設定することは認められない。
売買契約に瑕疵担保条項がない場合であっても、依頼者が独自に環境デューデリジェンスを実施しており、その結果が利用者に提供されていれば、調査範囲等条件を設定できる場面に該当し得る。
場面3:担保権者が取扱いの指針を有し調査が実施される場合
条文
(ウ)担保権者が当該価格形成要因が存する場合における取扱いについての指針を有し、その判断に資するための調査が実施される場合― 不動産鑑定評価基準に関する実務指針 総論第5章
趣旨
金融機関が担保不動産の鑑定評価を依頼する場合を想定しています。金融機関(担保権者)が、たとえば土壌汚染が存在する場合の融資上の取扱いについて内部指針(マニュアル)を有しており、かつ、その判断に必要な調査が別途実施されている場合です。
具体例
事例:銀行の担保評価における土壌汚染の取扱い
融資の担保として不動産の鑑定評価を依頼された場面です。依頼者である銀行は、以下の体制を有しています。
- 土壌汚染が存する担保不動産の取扱いに関する内部マニュアルを整備している
- マニュアルでは、土壌汚染が確認された場合の担保掛目の減額ルールが定められている
- 銀行の融資審査部門が独自に環境デューデリジェンスの実施を判断する体制がある
このような場合、銀行(担保権者であり利用者)は土壌汚染リスクについて自らの指針に基づいて判断できるため、鑑定評価において土壌汚染の調査範囲等条件を設定しても利用者の利益を害しません。
この場面は、担保評価の実務において最も多く適用される調査範囲等条件の類型であり、実務上の重要性が高い場面です。
判断のポイント
- 担保権者が当該要因について体系的な指針を保有していること
- その指針に基づく判断に必要な調査が別途実施されていること
- 担保権者が当該要因のリスクを自ら評価・管理する能力を有すること
場面4:損失等が保険等で担保される場合
条文
(エ)当該価格形成要因が存する場合における損失等が保険等で担保される場合― 不動産鑑定評価基準に関する実務指針 総論第5章
趣旨
当該価格形成要因に起因する損失リスクが、保険等の仕組みによってカバーされている場合です。利用者は、仮に当該要因が顕在化しても、保険金によって損失を補填できる状態にあるため、鑑定評価で調査を省略しても利益を害しません。
具体例
事例:表明保証保険付きの不動産取引
M&Aに伴う不動産取引において、売主が環境汚染に関する表明保証を行い、その表明保証をカバーする表明保証保険(Representations and Warranties Insurance)に加入しています。万が一、土壌汚染が事後的に発見された場合、保険金によって損失がカバーされます。
事例:賠償責任保険によるカバー
工場用地について、環境賠償責任保険(Environmental Liability Insurance)に加入しており、土壌汚染の浄化費用や第三者への賠償が保険でカバーされる場合です。
判断のポイント
- 保険の補償範囲が当該価格形成要因のリスクを十分にカバーしていること
- 保険の補償金額が潜在的な損失を合理的にカバーできる水準であること
- 保険契約が有効であり、実際に保険金を受け取れる蓋然性が高いこと
場面5:財務諸表上、引当金・注記等で別途考慮される場合
条文
(オ)財務諸表の作成のための鑑定評価において、当該価格形成要因が存する場合における引当金が計上される場合、財務諸表に当該要因の存否や財務会計上の取扱いに係る注記がなされる場合その他財務会計上、当該価格形成要因に係る影響の程度について別途考慮される場合― 不動産鑑定評価基準に関する実務指針 総論第5章
趣旨
企業の財務諸表作成目的で不動産の鑑定評価が依頼される場合に、当該価格形成要因のリスクが財務会計上の仕組みによって別途手当てされているケースです。会計上の引当金計上・注記等によって、鑑定評価書の利用者(投資家、債権者等)はリスクを把握できます。
具体例
事例:減損会計における固定資産の時価評価
企業が保有する工場用地について、減損会計のために鑑定評価が依頼されています。当該工場用地には土壌汚染の可能性がありますが、以下の会計上の手当てがなされています。
- 土壌汚染浄化に係る資産除去債務が貸借対照表に計上されている
- 財務諸表の注記において、土壌汚染の状況と会計処理の方針が開示されている
この場合、財務諸表の利用者(投資家等)は、注記情報等から土壌汚染リスクの存在と会計上の取扱いを把握できます。鑑定評価で土壌汚染の調査を省略しても、財務情報全体としては利用者の利益を害しません。
事例:投資法人の決算評価
投資法人が保有する不動産について決算期末の時価評価を行う際、当該不動産の建物にアスベストが含有されている可能性があります。投資法人の財務諸表には、アスベスト除去費用に係る引当金が計上されており、投資家向けの運用報告書にもその旨が記載されています。
判断のポイント
- 財務諸表上の対応(引当金計上・注記等)が適切に実施されていること
- 利用者が財務情報を通じて当該要因のリスクを把握可能であること
- 鑑定評価と財務諸表が一体として利用者に提供されること
財務諸表の作成のための鑑定評価において、対象不動産の土壌汚染に係る資産除去債務が貸借対照表に計上されている場合は、土壌汚染に係る調査範囲等条件を設定できる場面に該当し得る。
5つの場面の共通原理
リスクの移転・管理の仕組み
5つの場面を俯瞰すると、いずれも鑑定評価以外の仕組みによって、当該価格形成要因に係るリスクが適切に管理されているという共通の原理が見えてきます。
| 場面 | リスク管理の仕組み |
|---|---|
| (ア) | 依頼者等の独自調査 |
| (イ) | 契約上の約定(瑕疵担保条項等) |
| (ウ) | 担保権者の内部指針+独自調査 |
| (エ) | 保険による損失のカバー |
| (オ) | 財務会計上の引当金・注記 |
この原理を理解しておけば、留意事項に例示されていない場面であっても、同様の論理構造(鑑定評価以外の仕組みでリスクが管理されている)が成立するかどうかで判断できます。
利用者が「自ら判断できる」とは
5つの場面はいずれも、鑑定評価書の利用者が当該価格形成要因のリスクについて別の情報源から情報を得ているか、あるいは別の仕組みでリスクが緩和されている状態を前提としています。
逆に言えば、利用者が当該要因について何の情報も持たず、リスク管理の手段も持たない場合には、調査範囲等条件を設定することは利用者の利益を害するおそれがあり、設定すべきではありません。
5つの場面は「例示」である
留意事項の文言は「利用者の利益を害するおそれがないと判断される場合を例示すれば、次のとおりである」となっています。したがって、5つの場面は例示列挙であり限定列挙ではありません。
調査範囲等条件の対象となる4つの価格形成要因が例示列挙であるのと同様、設定が認められる場面も例示列挙です。実務においては、5つの場面に直接該当しなくても、利用者の利益を害するおそれがないと合理的に判断できる場合には、調査範囲等条件の設定が認められる余地があります。
設定が認められない場合との対比
5つの場面の理解を深めるために、逆に調査範囲等条件を設定すべきでない場合も確認しておきましょう。
| 状況 | 設定が認められない理由 |
|---|---|
| 利用者が個人の一般消費者で、当該要因について何の情報も持たない | 利用者が自ら判断できず、他のリスク管理手段もないため |
| 依頼者等による独自調査が行われていない | (ア)の場面に該当しない |
| 売買契約に瑕疵担保条項等の約定がない | (イ)の場面に該当しない |
| 当該要因に関するリスクをカバーする保険等がない | (エ)の場面に該当しない |
| 鑑定評価の費用を低減する目的のみで調査を省略する | 利用者保護の観点からの正当化ができない |
特に最後の例は重要です。調査範囲等条件の設定は、あくまで利用者の利益を害するおそれがないことを前提とする制度であり、コスト削減のために安易に調査を省略する手段ではありません。不動産鑑定士は、依頼者から費用面の理由で調査の省略を求められた場合であっても、利用者保護の観点から設定の妥当性を慎重に判断する必要があります。
複数の場面が重なる場合
実務では、5つの場面が複数同時に該当するケースも少なくありません。
事例:金融機関による担保評価で、売買契約に瑕疵担保条項がある場合
この場合、(イ)売買契約の約定と(ウ)担保権者の指針の両方に該当します。複数の場面が重なることは、設定の妥当性をより強く裏付けるものとなります。
事例:減損会計目的の鑑定評価で、依頼者が環境DDを実施済みの場合
この場合、(ア)依頼者の自主調査と(オ)財務諸表の引当金の両方に該当する可能性があります。利用者(投資家等)は、鑑定評価と財務情報の両面からリスクを把握できます。
一方、5つの場面のいずれにも該当しない場合は、調査範囲等条件の設定が認められない可能性が高くなります。ただし、5つの場面は例示列挙であるため、いずれにも直接該当しない場合でも、共通原理(鑑定評価以外の仕組みでリスクが管理されていること)を満たす場合には設定が認められる余地があります。
試験対策のポイント
短答式試験
5つの場面の正確な内容を問う出題が想定されます。特に以下の点に注意してください。
- 5つの場面の内容を入れ替える出題((ウ)の内容を(ア)として記述する等)
- 5つの場面に含まれない内容を追加する出題(「鑑定評価の費用を低減する必要がある場合」等の不適切な場面を混ぜる)
- 5つの場面が「限定列挙」であるとする誤りの選択肢
論文式試験
調査範囲等条件の設定要件を論じる際に、5つの場面を具体例として引用できると論述の説得力が増します。特に、「利用者の利益を害するおそれがない」という抽象的な要件を具体化する材料として活用できます。
暗記の整理
| 場面 | キーワード |
|---|---|
| (ア) | 依頼者の自主調査→利用者の自己判断 |
| (イ) | 売買契約の約定 |
| (ウ) | 担保権者の指針+調査 |
| (エ) | 保険による担保 |
| (オ) | 財務諸表の引当金・注記 |
5つの場面を覚えるために、リスク管理の主体で分類すると整理しやすくなります。
- 依頼者・利用者が自ら管理:(ア)
- 契約で管理:(イ)
- 金融機関が管理:(ウ)
- 保険で管理:(エ)
- 会計制度で管理:(オ)
つまり、「誰かが別の手段で管理している」→「鑑定評価で調査を省略してもOK」という構造です。
調査範囲等条件を設定しても利用者の利益を害するおそれがないと判断される場面は、留意事項に例示された5つの場合に限られる。
まとめ
調査範囲等条件を設定できるのは、鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがない場合に限られます。留意事項は、この判断の基準として5つの場面を例示しています。依頼者等の自主調査、売買契約の約定、担保権者の指針、保険による担保、財務諸表の引当金・注記という5つの場面に共通するのは、鑑定評価以外の仕組みによって当該要因のリスクが適切に管理されているという点です。
これら5つの場面は例示列挙であり限定列挙ではありませんが、試験対策としてはそれぞれの場面の内容を正確に理解し、具体的な適用場面をイメージできるようにしておくことが重要です。
関連する記事として、調査範囲等条件とは?定義・意義・想定上の条件との違い、調査範囲等条件の対象となる4つの価格形成要因、鑑定評価の条件設定もあわせて参照してください。