貸家及びその敷地の鑑定評価
貸家及びその敷地の鑑定評価を基準の条文に沿って解説。定義、借家権の影響、収益還元法の適用、自用との比較、試算価格の調整、試験での出題ポイントまで体系的にまとめています。
はじめに――賃貸不動産の価格をどう評価するか
不動産鑑定評価基準(以下「基準」といいます)の各論第1章には、不動産の類型ごとの鑑定評価方法が規定されています。そのなかで貸家及びその敷地は、建物を他者に賃貸している状態の建物とその敷地を一体として把握する複合不動産の類型です。
賃貸マンション、賃貸オフィスビル、テナントビル、賃貸アパートなど、不動産投資や賃貸経営の対象となる不動産の多くがこの類型に該当します。貸家及びその敷地の鑑定評価は、不動産鑑定士試験においても各論の中核的な論点の一つであり、収益還元法の適用が特に重要な位置を占める類型です。
貸家及びその敷地の鑑定評価が自用の建物及びその敷地と決定的に異なるのは、借家権の付着という要素です。建物に借家人が存在することにより、所有者の利用・処分に制約が生じ、その制約が不動産の価格に影響を与えます。この影響をどのように評価に反映するかが、貸家及びその敷地の鑑定評価の核心です。
本記事では、基準の条文に基づいて貸家及びその敷地の鑑定評価を体系的に解説します。
定義と特徴
基準における定義
基準は、貸家及びその敷地について次のように規定しています。
貸家及びその敷地とは、建物所有者とその敷地の所有者とが同一人であるが、建物が賃貸借に供されている場合における当該建物及びその敷地をいう。
この定義の要件を整理すると以下のとおりです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 第1要件 | 建物所有者とその敷地の所有者が同一人であること |
| 第2要件 | 建物が賃貸借に供されていること(借家人が存在すること) |
| 第3要件 | 建物及びその敷地を一体として把握すること |
第1要件は自用の建物及びその敷地と共通ですが、第2要件が決定的に異なります。貸家及びその敷地では、建物に借家権が付着しているため、所有者は建物を自ら自由に使用することができません。
自用の建物及びその敷地との比較
| 比較項目 | 自用の建物及びその敷地 | 貸家及びその敷地 |
|---|---|---|
| 土地・建物の所有者 | 同一 | 同一 |
| 建物の使用者 | 所有者自身 | 借家人(賃借人) |
| 借家権の有無 | なし | あり |
| 収益の源泉 | 想定賃料 | 実際の賃料収入 |
| 所有者の利用制約 | なし | 借家権による制約あり |
| 処分の自由度 | 高い | 借家人の存在により制約される場合がある |
この比較が示すとおり、貸家及びその敷地は、借家権の付着により所有者の利用・処分に制約が生じている点が最大の特徴です。
借家権が価格に与える影響
借家権の法的性質
借家権とは、借地借家法に基づいて建物を賃借する権利をいいます。借家人は、正当事由がなければ賃貸人(建物所有者)からの更新拒絶や解約の申入れを受けることがないという法的保護を受けています。
この法的保護があるため、建物所有者は借家人を自由に退去させることができず、建物の利用や処分に一定の制約を受けます。この制約が、貸家及びその敷地の価格に影響を与えます。
価格への影響のメカニズム
借家権の存在が価格に与える影響は、主に以下の2つの側面から生じます。
第一に、賃料収入の固定化です。既存の借家人との間の賃料は、必ずしも現在の市場賃料水準と一致しません。契約時から時間が経過している場合、実際支払賃料が市場賃料を下回っていることがあります。市場賃料を下回る賃料で固定されている場合、収益性が制約されることになります。
第二に、処分の困難性です。借家人が存在する不動産は、借家人の退去を前提とした処分が困難であるため、市場における需要が限定される場合があります。ただし、投資用不動産として収益性に着目する買主にとっては、賃料収入が安定的に得られるという点がむしろメリットとなる場合もあります。
| 影響の側面 | 内容 | 価格への影響 |
|---|---|---|
| 賃料収入の固定化 | 実際支払賃料が市場賃料を下回る場合 | 収益の制約 → 価格の低下要因 |
| 安定的な収入 | 借家人が存在し賃料収入が確保されている | 収入の安定性 → 価格の支持要因 |
| 処分の困難性 | 借家人の退去を前提とした処分が困難 | 流通性の制約 → 価格の低下要因 |
| 空室リスクの不在 | 現に賃借人が存在する | リスクの軽減 → 価格の支持要因 |
このように、借家権の存在は価格の低下要因にも支持要因にもなりうるため、個別の事情を総合的に判断する必要があります。
基準における鑑定評価の規定
基準は、貸家及びその敷地の鑑定評価について次のように規定しています。
貸家及びその敷地の鑑定評価額は、実際実質賃料(売主が既に受領した一時金のうち売買等に当たって買主に承継されない部分がある場合には、当該部分の運用益及び償却額を控除するものとする。)に基づく純収益等の現在価値の総和を求めることにより得た収益価格を標準とし、積算価格及び比準価格を比較考量して決定するものとする。
この規定から、貸家及びその敷地の鑑定評価の特徴が明確になります。
| 手法 | 求められる試算価格 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 収益還元法 | 収益価格 | 標準 |
| 原価法 | 積算価格 | 比較考量 |
| 取引事例比較法 | 比準価格 | 比較考量 |
最も注目すべきは、収益価格を「標準」として位置づけている点です。自用の建物及びその敷地では三方式を「関連づけて決定」するのに対し、貸家及びその敷地では収益価格が明確に優位に置かれています。これは、貸家及びその敷地の価格形成において、収益性が支配的な要因であることを反映しています。
三方式の適用
収益還元法(収益価格)――標準
貸家及びその敷地の評価において、収益還元法は標準として最も重要な位置を占めます。
実際実質賃料を基礎とする
基準が「実際実質賃料に基づく純収益等の現在価値の総和」と規定しているとおり、収益還元法の適用にあたっては実際実質賃料を基礎とします。
実際実質賃料とは、借家人から実際に受領している賃料の全額をいい、月額賃料のほか、共益費、一時金の運用益・償却額などを含みます。ただし、基準は「売主が既に受領した一時金のうち売買等に当たって買主に承継されない部分がある場合には、当該部分の運用益及び償却額を控除する」と規定しており、買主に承継されない一時金については調整が必要です。
| 収益項目 | 内容 |
|---|---|
| 月額賃料 | 借家人から毎月受領する賃料 |
| 共益費 | 共用部分の維持管理費として受領する金額 |
| 一時金の運用益 | 敷金・保証金等の運用から得られる利益 |
| 一時金の償却額 | 返還不要の一時金(礼金、更新料等)の期間配分額 |
直接還元法とDCF法
収益還元法には、大きく分けて直接還元法とDCF法(Discounted Cash Flow法)の2つの手法があります。
| 手法 | 概要 | 適用場面 |
|---|---|---|
| 直接還元法 | 1期間の純収益を還元利回りで還元して収益価格を求める | 収益が安定的な場合 |
| DCF法 | 保有期間中の純収益と復帰価格を現在価値に割り引いて収益価格を求める | 収益の変動が見込まれる場合 |
賃貸不動産の評価においては、直接還元法とDCF法の双方を適用し、結果を比較検証することが望ましいとされています。
収益還元法の詳細については、収益還元法とは?直接還元法とDCF法をわかりやすく解説をご参照ください。
原価法(積算価格)――比較考量
原価法は、貸家及びその敷地の評価においては「比較考量」の位置づけです。土地の更地価格と建物の再調達原価(減価修正後)を合算して積算価格を求め、さらに賃貸に供されていることによる市場性の修正を行います。
積算価格を求める際の留意点として、賃貸中の不動産は借家権の付着により市場性が影響を受けるため、積算価格に対して賃貸市場の実態を反映した修正を行う必要があります。具体的には、空室率や賃料水準などの市場実態を踏まえた減価(または増価)の検討が求められます。
取引事例比較法(比準価格)――比較考量
取引事例比較法も「比較考量」の位置づけです。類似する貸家及びその敷地の取引事例を収集し、比較して比準価格を求めます。
貸家及びその敷地の取引事例を用いる場合、賃料水準、空室率、借家人の属性、賃貸借契約の残存期間など、賃貸条件の比較が重要な要素となります。これらの賃貸条件は収益性に直結するため、取引事例との比較においても収益性の観点が不可欠です。
貸家及びその敷地の価格と自用の価格の関係
一般的な関係
貸家及びその敷地の価格と、同一不動産を自用の建物及びその敷地として評価した場合の価格(自用の価格)の関係は、以下のように整理されます。
原則的な考え方: 貸家及びその敷地の価格は、自用の建物及びその敷地の価格を上限とし、借家権の付着による減価を反映した水準となります。
しかし、実際には貸家及びその敷地の価格が自用の価格と同等になる場合や、場合によっては上回る場合もあります。これは、投資用不動産としての収益性が市場で高く評価される場合に生じます。
| ケース | 貸家と自用の価格関係 | 背景 |
|---|---|---|
| 賃料が市場賃料を下回る | 貸家 < 自用 | 収益の制約による減価 |
| 賃料が市場賃料に合致 | 貸家 ≒ 自用 | 借家権の影響が限定的 |
| 投資市場の需要が旺盛 | 貸家 ≧ 自用 | 収益性に対する市場評価が高い |
借家権の影響を評価に反映する方法
借家権の付着による影響を評価に反映する方法としては、以下のアプローチがあります。
収益還元法による直接的な反映: 実際実質賃料に基づく純収益を還元するため、賃料水準が収益価格に自動的に反映されます。市場賃料を下回る賃料で固定されている場合、収益価格は自用の場合の収益価格よりも低くなります。
積算価格における市場性修正: 原価法で求めた積算価格(自用ベース)から、借家権の付着による減価を反映します。
空室がある場合の取扱い
空室部分の評価
貸家及びその敷地の評価においては、建物の一部または全部に空室がある場合の取扱いが実務上重要な論点です。
空室部分については、以下の2つのアプローチが考えられます。
| アプローチ | 内容 | 適用場面 |
|---|---|---|
| 市場賃料による収益の見込み | 空室部分について市場賃料で新規賃貸されることを想定 | 空室が一時的な場合 |
| 空室率の反映 | 地域の標準的な空室率を反映して収益を見積もる | 構造的な空室がある場合 |
空室率が高い場合には、収益価格が低下し、結果として鑑定評価額も低くなる傾向があります。空室の原因(立地の問題、建物の老朽化、賃料設定の問題等)を分析し、将来の稼働率の見通しを慎重に検討する必要があります。
証券化対象不動産との関連
貸家及びその敷地の鑑定評価は、証券化対象不動産の評価(基準各論第3章)とも密接に関連しています。REIT(不動産投資信託)やファンドが保有する賃貸不動産は、多くの場合、貸家及びその敷地に該当します。
証券化対象不動産の評価では、DCF法の適用が原則として求められ、収益費用項目のより詳細な査定が必要とされます。貸家及びその敷地の基本的な評価方法を理解することは、証券化対象不動産の評価を理解するための前提となります。
借地権付きの不動産との関係については、借地権の鑑定評価 ― 借地権割合と評価手法を徹底解説もあわせてご参照ください。
試験での出題ポイント
短答式試験のポイント
| 出題テーマ | チェックポイント |
|---|---|
| 定義の正確な理解 | 「建物所有者とその敷地の所有者とが同一人であるが、建物が賃貸借に供されている」 |
| 収益価格の位置づけ | 標準であり、積算価格・比準価格は比較考量 |
| 自用との区別 | 借家権の有無が決定的な違い |
| 実際実質賃料の意味 | 月額賃料に加え、共益費、一時金の運用益・償却額を含む |
| 一時金の調整 | 買主に承継されない部分は控除する |
| 三方式の適用の優先度 | 自用は「関連づけて決定」、貸家は「収益価格を標準」 |
論文式試験のポイント
論点1:貸家及びその敷地の定義と特徴
定義を正確に記述し、自用の建物及びその敷地との違いを借家権の付着という観点から論じる問題です。借家権が価格形成にどのような影響を与えるかを体系的に説明できることが求められます。
論点2:収益価格が標準とされる理由
貸家及びその敷地の鑑定評価において収益価格が標準とされる理由を論じる問題です。賃貸不動産の価格形成において収益性が支配的な要因であること、投資市場における不動産の評価が収益に基づいて行われていることに言及できると高評価です。
論点3:実際実質賃料と収益還元法の適用
実際実質賃料の構成要素を説明し、収益還元法(直接還元法・DCF法)の具体的な適用方法を論述する問題です。特に、買主に承継されない一時金の取扱いについて基準の規定を正確に引用できるかがポイントです。
論点4:貸家及びその敷地の価格と自用の価格の関係
借家権の付着が価格に与える影響を分析し、貸家及びその敷地の価格が自用の価格と比較してどのような水準となるかを論じる問題です。
暗記のポイント
定義の正確な暗記
「建物所有者とその敷地の所有者とが同一人であるが、建物が賃貸借に供されている場合における当該建物及びその敷地」
自用との違い(「所有者による使用収益を制約する権利の付着していない」→「建物が賃貸借に供されている」)を対比して覚えると効果的です。
手法の適用の整理
| 手法 | 試算価格 | 位置づけ | 覚え方 |
|---|---|---|---|
| 収益還元法 | 収益価格 | 標準 | 賃貸不動産は収益が命 |
| 原価法 | 積算価格 | 比較考量 | 費用性からの検証 |
| 取引事例比較法 | 比準価格 | 比較考量 | 市場性からの検証 |
自用と貸家の手法の位置づけの違い
| 類型 | 手法の位置づけ | 基準の表現 |
|---|---|---|
| 自用の建物及びその敷地 | 三方式を同等に扱う | 「関連づけて決定する」 |
| 貸家及びその敷地 | 収益価格が優位 | 「収益価格を標準とし、比較考量して決定する」 |
この表現の違いは試験で極めて重要です。自用は「関連づけて」、貸家は「標準とし、比較考量して」という違いを正確に暗記しましょう。
実際実質賃料の構成要素
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 月額賃料 | 借家人から毎月受領する賃料 |
| 共益費 | 共用部分の維持管理費 |
| 一時金の運用益 | 敷金・保証金等の運用利益 |
| 一時金の償却額 | 返還不要部分の期間配分額 |
| 控除項目 | 買主に承継されない一時金の運用益・償却額 |
基準の条文のキーフレーズ
- 「実際実質賃料に基づく純収益等の現在価値の総和を求めることにより得た収益価格を標準とし」
- 「売主が既に受領した一時金のうち売買等に当たって買主に承継されない部分がある場合には、当該部分の運用益及び償却額を控除する」
- 「積算価格及び比準価格を比較考量して決定する」
まとめ
貸家及びその敷地は、建物所有者とその敷地の所有者が同一人であるが建物が賃貸借に供されている場合における建物及びその敷地を一体として把握する複合不動産の類型です。自用の建物及びその敷地との最大の違いは、借家権が付着していることにより所有者の利用・処分に制約が生じている点にあります。
鑑定評価にあたっては、実際実質賃料に基づく収益価格を標準とし、積算価格及び比準価格を比較考量して決定します。収益価格が標準とされるのは、貸家及びその敷地の価格形成において収益性が支配的な要因であるためです。自用の建物及びその敷地では三方式を「関連づけて決定」するのに対し、貸家及びその敷地では「収益価格を標準」とする点は、試験で特に重要な相違点です。
実際実質賃料には月額賃料、共益費、一時金の運用益・償却額が含まれますが、買主に承継されない一時金については控除が必要です。また、収益還元法には直接還元法とDCF法があり、両者を適用して結果を比較検証することが望ましいとされています。
試験対策としては、定義の正確な暗記、収益価格が標準とされる理由の理解、実際実質賃料の構成要素の把握、自用との手法の位置づけの違いの正確な認識が、短答式・論文式双方で得点力を高める鍵となります。