鑑定評価基準 総論第5章を条文ごとに深掘り解説
不動産鑑定評価基準・総論第5章「鑑定評価の手順」を条文ごとに深掘り解説。処理計画の策定から鑑定評価報告書の作成まで、8つの手順を逐条解説で体系的に整理します。
はじめに ― 総論第5章は鑑定評価の「工程表」
不動産鑑定評価基準(以下「基準」といいます)の総論第5章は「鑑定評価の手順」を定めた章です。鑑定評価を行う際に踏むべき一連の手順を体系的に規定しており、いわば鑑定評価の「工程表」に当たります。
第4章で鑑定評価の基本的事項(対象不動産の確定、価格時点の確定、価格の種類の確定)を確定した後、具体的にどのような手順で鑑定評価を進めていくかを示すのが本章の役割です。鑑定評価の手順は以下の8段階から構成されています。
- 鑑定評価の基本的事項の確定
- 処理計画の策定
- 対象不動産の確認
- 資料の収集及び整理
- 資料の検討及び価格形成要因の分析
- 鑑定評価の手法の適用
- 試算価格又は試算賃料の調整
- 鑑定評価額の決定及び鑑定評価報告書の作成
不動産鑑定士試験では、これらの手順の全体像を正確に理解したうえで、各手順の具体的な内容を記述・論述できることが求められます。
本記事では、総論第5章の条文を逐一取り上げ、鑑定評価の8つの手順を深掘りして解説します。第5章の全体像を効率よく把握したい方は第5章の要点整理もあわせてご覧ください。
鑑定評価の基本的事項の確定 ― 手順の第一歩
基本的事項の確定の意義
鑑定評価の手順の最初の段階は「鑑定評価の基本的事項の確定」です。これは総論第4章で詳しく規定されている内容であり、具体的には以下の事項を確定します。
鑑定評価に当たっては、まず、鑑定評価の基本的事項を確定しなければならない。鑑定評価の基本的事項とは、鑑定評価の対象となる不動産、鑑定評価の依頼目的、対象不動産の類型、価格時点、求める価格又は賃料の種類及びこれらに関連する事項をいう。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
| 確定すべき事項 | 内容 |
|---|---|
| 対象不動産 | 何を評価するのか(物的・権利的な確定) |
| 依頼目的 | 何のために評価するのか |
| 対象不動産の類型 | どのような類型の不動産として評価するのか |
| 価格時点 | いつの時点の価格を求めるのか |
| 求める価格又は賃料の種類 | どのような種類の価格(賃料)を求めるのか |
基本的事項の確定は、鑑定評価の方向性を決定づける最初のステップです。ここが不明確なまま作業を進めると、全体の整合性が損なわれます。
処理計画の策定 ― 評価作業の計画を立てる
処理計画の内容
基本的事項を確定した後、次に行うのが「処理計画の策定」です。
鑑定評価の基本的事項が確定したときは、当該鑑定評価に必要な作業の性質及び量等に応じて、作業の手順、進行予定等の処理計画を策定しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
処理計画では、鑑定評価に必要な各作業の手順や日程を具体的に計画します。
| 処理計画で決める事項 | 内容 |
|---|---|
| 作業の手順 | 各作業の順序と方法 |
| 進行予定 | 各作業のスケジュール |
| 調査の範囲・方法 | 現地調査、役所調査等の範囲と方法 |
| 収集すべき資料 | 必要な資料の種類と入手先 |
処理計画は形式的なものに見えるかもしれませんが、実務では非常に重要です。対象不動産の種類や評価の目的によって必要な作業の内容と量が大きく異なるため、適切な処理計画なしに効率的な評価作業を進めることは困難です。
対象不動産の確認 ― 物的確認と権利の確認
確認の2つの側面
対象不動産の確認は、鑑定評価の手順の中でも特に重要な実務的作業です。基準は2つの側面からの確認を求めています。
対象不動産の確認に当たっては、対象不動産の物的確認及び権利の態様の確認を行わなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
物的確認
物的確認に当たっては、実地調査を行い、対象不動産の物的状態を確認しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
物的確認では、実地調査(現地調査)が必須です。机上の調査だけでは不十分であり、鑑定評価士が実際に現地に赴いて対象不動産の物理的状態を確認する必要があります。
物的確認の詳細については物的確認と権利の確認をご覧ください。
| 確認事項 | 土地の場合 | 建物の場合 |
|---|---|---|
| 所在・位置 | 所在地、地番、接面道路 | 所在地、建物番号 |
| 面積・規模 | 地積、間口・奥行 | 延床面積、階数 |
| 形状・状態 | 地形、高低差、傾斜 | 構造、材質、損耗状態 |
| 利用状態 | 現在の使用状況 | 現在の使用状況、用途 |
| 環境 | 周辺の土地利用状況 | 周辺環境との適合 |
権利の態様の確認
権利の態様の確認に当たっては、対象不動産に係る登記記録のほか、公的資料等について確認しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
権利の確認では、登記記録の確認が基本となります。
| 確認事項 | 確認資料 |
|---|---|
| 所有権 | 登記事項証明書(甲区) |
| 抵当権等の担保権 | 登記事項証明書(乙区) |
| 借地権の有無 | 賃貸借契約書、登記記録 |
| 公法上の規制 | 都市計画図、建築確認記録 |
| 私法上の制約 | 地役権、通行権等の設定状況 |
対象不動産の確認について詳しくは対象不動産の確認をご覧ください。
対象不動産の物的確認は、登記記録等の公的資料の調査のみで行えばよく、実地調査は任意である。
資料の収集及び整理 ― 評価の基礎資料を揃える
収集すべき資料の分類
鑑定評価の精度は、基礎資料の質と量に大きく依存します。基準は、収集すべき資料を体系的に分類しています。
鑑定評価に必要な資料は、おおむね、確認資料、要因資料及び事例資料に分けられる。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
| 資料の種類 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 確認資料 | 対象不動産の確認のための資料 | 登記事項証明書、公図、地積測量図、建築確認通知書 |
| 要因資料 | 価格形成要因に関する資料 | 都市計画図、路線価図、地価公示資料、市場動向レポート |
| 事例資料 | 鑑定評価の手法適用のための資料 | 取引事例、賃貸事例、造成事例、建設事例 |
資料の収集及び整理の詳細は資料の収集・分析をご覧ください。
確認資料
確認資料は、対象不動産の物的状態及び権利の態様を確認するための資料です。
| 確認資料の種類 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 登記事項証明書 | 所有者、所在・地番、地目・地積、権利関係 |
| 公図 | 土地の位置関係、形状の概略 |
| 地積測量図 | 土地の面積、形状 |
| 建物図面 | 建物の配置、各階平面図 |
| 建築確認通知書 | 建物の構造、用途、面積の法的確認 |
要因資料
要因資料は、一般的要因・地域要因・個別的要因の分析に必要な資料です。
| 要因資料の種類 | 分析に活用される場面 |
|---|---|
| 都市計画図 | 用途地域、都市計画道路、防火地域等の確認 |
| 路線価図 | 相続税路線価に基づく地価水準の把握 |
| 地価公示・地価調査資料 | 周辺の地価水準、地価動向の把握 |
| 人口統計 | 一般的要因(社会的要因)の分析 |
| 経済統計 | 一般的要因(経済的要因)の分析 |
事例資料
事例資料は、鑑定評価の三方式を適用するために不可欠な資料です。
| 事例資料の種類 | 適用される手法 |
|---|---|
| 取引事例 | 取引事例比較法 |
| 賃貸事例 | 賃貸事例比較法、積算法 |
| 造成事例・建設事例 | 原価法 |
| 収益事例 | 収益還元法(還元利回りの査定等) |
資料の検討及び価格形成要因の分析
資料の検討
鑑定評価に必要な資料の収集及び整理に当たっては、おのおのの資料について客観的に検討し、その信頼度を判定してこれを整理しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
収集した資料は、そのまま使用するのではなく、信頼性の検討を行う必要があります。例えば、取引事例について特殊な事情が含まれていないかを確認し、信頼度の低い資料は適切に除外又は補正する必要があります。
価格形成要因の分析
資料の検討を経て、価格形成要因の分析に進みます。この段階では、総論第3章で学んだ一般的要因・地域要因・個別的要因の3区分に従って分析を行います。
| 分析の段階 | 分析内容 |
|---|---|
| 一般的要因の分析 | 社会経済情勢、金融政策、不動産市場動向等の把握 |
| 地域分析 | 近隣地域及び類似地域の特性、標準的使用の判定 |
| 個別分析 | 対象不動産の個別的要因の分析、最有効使用の判定 |
地域分析と個別分析は総論第6章で詳細に規定されており、ここでは手順としての位置づけを確認するにとどめます。
鑑定評価の手法の適用
三方式の適用
価格形成要因の分析が完了したら、鑑定評価の手法(三方式)を適用します。
鑑定評価の手法は、不動産の再調達に要する原価に着目する原価法、不動産の取引事例に着目する取引事例比較法及び不動産から生み出される収益に着目する収益還元法に大別され、鑑定評価に当たっては、案件に即してこれらの手法を適切に適用しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
三方式の適用に関しては、総論第7章で詳しく規定されていますが、手順としては以下の流れになります。
| 手法 | 適用の手順 | 求められる試算価格 |
|---|---|---|
| 原価法 | 再調達原価の把握→減価修正→積算価格の算定 | 積算価格 |
| 取引事例比較法 | 事例収集→事情補正・時点修正→要因比較→比準価格の算定 | 比準価格 |
| 収益還元法 | 純収益の見積り→還元利回り(割引率)の査定→収益価格の算定 | 収益価格 |
複数手法の適用(三方式の併用原則)
基準は、原則として複数の手法を適用すべきことを規定しています。
鑑定評価の手法の適用に当たっては、鑑定評価の手法を当該案件に即して適切に適用すべきである。この場合、地域分析及び個別分析により把握した対象不動産に係る市場の特性等を適切に反映した複数の鑑定評価の手法を適用すべきである。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
三方式の併用が困難な場合であっても、適用できなかった手法の考え方をできるだけ参酌するよう努めるべきとされています。
鑑定評価に必要な資料は、確認資料と事例資料の2つに分類される。
試算価格の調整と鑑定評価額の決定
試算価格の調整
三方式の適用により得られた複数の試算価格(積算価格・比準価格・収益価格)を統合して鑑定評価額を決定するプロセスが「試算価格の調整」です。
試算価格又は試算賃料の調整とは、鑑定評価の手法の適用により求められた各試算価格又は各試算賃料の再吟味を行い、各試算価格又は各試算賃料が有する説得力に係る判断を行うことをいう。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
調整は単に試算価格の平均を取ることではなく、以下の手順で行われます。
| 調整の手順 | 内容 |
|---|---|
| 各試算価格の再吟味 | 適用した手法の妥当性、使用した資料の信頼性を再検討 |
| 説得力の判断 | 対象不動産の類型や市場特性を踏まえ、各試算価格の相対的な説得力を判断 |
| 鑑定評価額の決定 | 説得力の判断に基づき、最終的な鑑定評価額を決定 |
鑑定評価額の決定
鑑定評価額の決定に当たっては、試算価格又は試算賃料の調整を踏まえ、対象不動産の鑑定評価額を決定し、これを鑑定評価報告書に記載しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
鑑定評価額は、試算価格の調整の結果として決定されるものであり、鑑定評価の最終的な結論です。
鑑定評価報告書の作成 ― 結果の報告
報告書作成の意義
鑑定評価の手順の最終段階は「鑑定評価報告書の作成」です。
鑑定評価報告書は、鑑定評価の結果を記載した文書であり、不動産鑑定士がその鑑定評価について専門家としての判断及び意見を表明するものである。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
鑑定評価報告書は、鑑定評価の過程と結果を第三者に伝えるための公式文書です。
報告書の記載事項
基準は、鑑定評価報告書に記載すべき事項を詳細に規定しています。
| 記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 鑑定評価額 | 最終的に決定された鑑定評価額 |
| 対象不動産 | 対象不動産の所在、地番、面積等 |
| 鑑定評価の条件 | 対象確定条件、依頼目的に係る条件等 |
| 価格時点 | 価格又は賃料の判定の基準日 |
| 価格の種類 | 正常価格、限定価格等の種類 |
| 鑑定評価の手法の適用 | 適用した手法と試算価格 |
| 試算価格の調整 | 調整の過程と判断の理由 |
| 鑑定評価額の決定の理由 | 鑑定評価額の決定に至った理由 |
| 対象不動産の確認 | 物的確認及び権利の確認の結果 |
| 価格形成要因の分析 | 一般的要因、地域要因、個別的要因の分析結果 |
鑑定評価の手順の全体像 ― フローチャートで整理
8つの手順を全体の流れとして整理します。
| 手順 | 作業内容 | 対応する基準の章 |
|---|---|---|
| 1. 基本的事項の確定 | 対象不動産、価格時点、価格の種類等の確定 | 総論第4章 |
| 2. 処理計画の策定 | 作業の手順、進行予定等の計画 | 総論第5章 |
| 3. 対象不動産の確認 | 物的確認(実地調査)、権利の確認 | 総論第5章 |
| 4. 資料の収集及び整理 | 確認資料、要因資料、事例資料の収集 | 総論第5章 |
| 5. 資料の検討・要因分析 | 資料の信頼度判定、価格形成要因の分析 | 総論第3章・第5章・第6章 |
| 6. 鑑定評価手法の適用 | 原価法、取引事例比較法、収益還元法の適用 | 総論第7章 |
| 7. 試算価格の調整 | 各試算価格の再吟味、説得力の判断 | 総論第7章 |
| 8. 鑑定評価額の決定・報告書作成 | 鑑定評価額の最終決定、報告書の作成 | 総論第5章 |
鑑定評価の手順において、処理計画の策定は対象不動産の確認の後に行われる。
まとめ
総論第5章「鑑定評価の手順」は、鑑定評価の工程表として、評価作業の全体の流れを規定する章です。本記事で解説した要点を改めて整理します。
- 鑑定評価の手順は8段階で構成される(基本的事項の確定→処理計画→対象不動産の確認→資料の収集→資料の検討・要因分析→手法の適用→試算価格の調整→鑑定評価額の決定・報告書作成)
- 処理計画の策定は基本的事項の確定の後に行い、作業の手順と進行予定を定める
- 対象不動産の確認では物的確認(実地調査が必須)と権利の確認の2つの側面がある
- 資料は確認資料・要因資料・事例資料の3種に分類される
- 鑑定評価の手法は原則として複数手法を併用すべきである
- 試算価格の調整は平均ではなく、各試算価格の説得力を判断して行う
- 鑑定評価報告書は鑑定評価の過程と結果を第三者に伝える公式文書である
第5章の全体像を把握したい方は第5章の要点整理を、対象不動産の確認の詳細は物的確認と権利の確認を、資料の収集については資料の収集・分析を、対象不動産の確認の全体像は対象不動産の確認をそれぞれご覧ください。