鑑定評価の3手法が適用できないケース
鑑定評価の三方式(原価法・取引事例比較法・収益還元法)が適用できない、または適用が困難なケースを解説。手法ごとの限界、資料不足への対応、適用困難時の鑑定評価の進め方を整理します。
はじめに――三方式の併用原則と適用の限界
鑑定評価基準は、原価法・取引事例比較法・収益還元法の三方式を原則として併用すべきとしています。
鑑定評価に当たっては、原則として、原価法、取引事例比較法及び収益還元法の三方式を併用すべきである。― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
しかし、実務においては、すべての手法を適用できるとは限りません。対象不動産の類型や市場の状況、利用可能な資料の制約などにより、特定の手法の適用が困難な場合があります。
このような場合に、どのように対応すべきかを理解しておくことは、鑑定評価の実務上も試験対策上も重要です。本記事では、三方式それぞれが適用困難となるケースとその対応方法を解説します。
併用原則の趣旨
なぜ併用が求められるのか
三方式の併用が求められる理由は、各方式が不動産の異なる側面(費用性・市場性・収益性)に着目しているためです。
| 方式 | 着目する性格 | 役割 |
|---|---|---|
| 原価法 | 費用性 | 不動産を再び造るための費用の観点から検証 |
| 取引事例比較法 | 市場性 | 市場での実際の取引の観点から検証 |
| 収益還元法 | 収益性 | 将来生み出す収益の観点から検証 |
一つの方式だけでは不動産の価値を一面的にしか捉えられないため、複数の方式を併用して多角的に検証することが、鑑定評価の信頼性を高めるうえで重要です。
併用原則の「原則として」の意味
「原則として」という表現は、例外的に併用が困難な場合があることを前提としています。すべての場合に三方式すべてを適用することが物理的に不可能な場合もあるため、基準は「原則として」という柔軟な表現を用いています。
ただし、手法を適用しない場合には、適用しなかった理由を鑑定評価報告書に明記することが求められます。
原価法が適用困難なケース
適用困難の類型
| ケース | 理由 | 対応 |
|---|---|---|
| 既成市街地の更地 | 造成行為を経ていないため土地の再調達原価の算定が困難 | 取引事例比較法・収益還元法で評価 |
| 土地のみの評価 | 既成市街地では土地の再調達原価の概念が適用しにくい | 他の手法で評価し、原価法は適用しない理由を記載 |
| 歴史的建造物 | 同種の建物を再調達することが不可能または非現実的 | 特殊価格として評価する場合もある |
| 極めて古い建物 | 建設当時の資材・工法が把握困難 | 置換原価の考え方で対応 |
実務上の対応
原価法が適用困難な場合でも、建物及びその敷地の評価においては、建物部分について原価法を適用し、土地部分については取引事例比較法等で別途求めた価格と合算する方法が一般的です。
既成市街地の更地のみの評価の場合は、原価法の適用は通常困難であり、取引事例比較法を中心に、収益還元法を補完的に適用して評価を行います。
既成市街地の更地の鑑定評価では、原価法の適用が困難であるため、取引事例比較法や収益還元法で評価を行う。
取引事例比較法が適用困難なケース
適用困難の類型
| ケース | 理由 | 対応 |
|---|---|---|
| 取引事例が少ない地域 | 過疎地域、山間部等で取引自体が少ない | 広域から事例を収集、他の手法で補完 |
| 特殊な用途の不動産 | 工場、ホテル、病院等の取引事例が限定的 | 収益還元法を中心に、原価法で補完 |
| 大規模な不動産 | 類似する規模の取引事例が少ない | 規模の異なる事例からの修正、他の手法で補完 |
| 権利が複雑な不動産 | 借地権、区分地上権等の取引事例が限定的 | 権利の価格を他の手法で求め、更地価格から控除する方法 |
| 新興市場の不動産 | 市場が形成途上で事例が蓄積されていない | 他の手法で評価、将来の市場動向を慎重に検討 |
事例不足への対応策
取引事例が不足する場合の対応策として、以下の方法があります。
| 対応策 | 内容 |
|---|---|
| 収集範囲の拡大 | 同一需給圏の範囲を広げて事例を収集 |
| 類似性の基準の緩和 | やや類似性が低い事例も含めて検討(修正を丁寧に行う) |
| 他の手法の重視 | 収益還元法や原価法の結果を相対的に重視 |
| 賃貸事例の活用 | 取引事例の代わりに賃貸事例から収益還元法を充実 |
収益還元法が適用困難なケース
適用困難の類型
| ケース | 理由 | 対応 |
|---|---|---|
| 自用不動産(非収益物件) | 賃貸を前提としないため純収益の把握が困難 | 想定賃料に基づく方法で対応可能だが精度に限界 |
| 公共施設 | 収益を生まない施設 | 原価法を中心に評価 |
| 文化財建造物 | 文化財としての価値は収益性で測定困難 | 特殊価格として評価 |
| 賃料データが不足 | 類似不動産の賃料事例が得られない | 他の手法で補完 |
| 開発途上の不動産 | 収益が安定していない | 開発法の適用を検討 |
自用不動産への収益還元法の適用
基準では、自用不動産であっても収益還元法の適用は可能であるとしています。自用不動産の場合、対象不動産が賃貸されたと想定した場合の「想定賃料」に基づいて純収益を求め、収益還元法を適用します。
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| 想定賃料の査定 | 対象不動産を賃貸した場合に得られると見込まれる賃料を査定 |
| 純収益の算定 | 想定賃料から費用を控除して純収益を算定 |
| 還元利回りの設定 | 類似の賃貸不動産の取引利回り等を参考に設定 |
| 収益価格の算出 | 純収益を還元利回りで除して収益価格を算出 |
ただし、想定賃料に基づく収益価格は、実際の賃貸事例に基づく場合と比べて精度がやや劣る可能性があります。
自用不動産(所有者が自ら使用する不動産)には、収益還元法を適用することはできない。
複数の手法が適用困難なケース
1手法のみ適用可能な場合
極端なケースとして、三方式のうち1つの手法しか適用できない場合もあります。
| ケース | 適用可能な手法 | 他の手法が困難な理由 |
|---|---|---|
| 過疎地の更地(取引・賃貸とも事例なし) | 原価法(造成地の場合) | 取引事例・賃料事例ともに入手困難 |
| 極めて特殊な用途の建物 | 原価法 | 取引事例・賃料事例ともに入手困難 |
| 収益用不動産(取引事例なし、建物データなし) | 収益還元法 | 取引事例・建設費データの入手困難 |
このような場合には、適用可能な手法を可能な限り丁寧に適用するとともに、適用できなかった手法とその理由を鑑定評価報告書に明記することが求められます。
適用困難時の鑑定評価の進め方
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| 手順1 | 三方式すべての適用可能性を検討 |
| 手順2 | 適用困難な手法がある場合、その理由を分析 |
| 手順3 | 適用可能な手法を丁寧に適用 |
| 手順4 | 適用した手法の結果の信頼性を慎重に検討 |
| 手順5 | 適用しなかった手法とその理由を報告書に記載 |
資料不足と鑑定評価の信頼性
資料の質と量の影響
鑑定評価手法の適用可能性は、利用可能な資料の質と量に大きく依存します。
| 資料の状況 | 手法への影響 | 対応 |
|---|---|---|
| 取引事例が豊富 | 取引事例比較法の精度が高い | 取引事例比較法を中心に評価 |
| 取引事例が不足 | 取引事例比較法の精度が低下 | 他の手法で補完、事例の収集努力 |
| 賃料事例が豊富 | 収益還元法の精度が高い | 収益還元法を中心に評価 |
| 賃料事例が不足 | 収益還元法の精度が低下 | 想定賃料での対応、他の手法で補完 |
| 建設費データが充実 | 原価法の精度が高い | 原価法の結果も重視 |
| 建設費データが不足 | 原価法の精度が低下 | 統計データでの代替、他の手法で補完 |
試算価格の調整への影響
適用が困難な手法がある場合、試算価格の調整においては、適用できた手法の結果を相対的に重視することになります。
| 状況 | 調整の方向性 |
|---|---|
| 一部の手法が適用困難 | 適用できた手法を中心に鑑定評価額を決定 |
| 適用した手法の資料に制約 | 資料の制約を踏まえた慎重な判断 |
| 1手法のみ適用 | その手法の結果の信頼性を慎重に検討し、限界を明示 |
試算価格の調整も参照してください。
試験での出題ポイント
短答式試験の頻出論点
| 出題パターン | 頻出の誤りの選択肢 | 正しい理解 |
|---|---|---|
| 併用原則 | 「三方式すべてを必ず適用しなければならない」 | 原則として併用だが、適用困難な場合はその理由を明示 |
| 原価法の適用 | 「すべての不動産に原価法を適用できる」 | 既成市街地の更地等では適用困難 |
| 収益還元法の適用 | 「自用不動産には収益還元法を適用できない」 | 想定賃料に基づいて適用可能 |
| 取引事例比較法の適用 | 「取引事例がない場合は鑑定評価を行えない」 | 他の手法で対応可能 |
| 適用困難の記載 | 「適用しなかった手法の記載は不要」 | 適用しなかった手法とその理由を報告書に記載する |
論文式試験のポイント
論点1:三方式の併用原則と適用の限界。 併用原則の趣旨を説明した上で、各手法が適用困難となるケースと対応方法を論述する問題です。
論点2:資料不足が鑑定評価に与える影響。 取引事例や賃料事例が不足する場合の評価手法の適用と、試算価格の調整における留意点を論じる問題です。
論点3:特定の類型における手法の適用可能性。 更地、自用不動産、特殊用途の建物など、特定の類型において各手法がどの程度適用可能かを論述する問題です。
まとめ
鑑定評価基準は三方式の併用を原則としていますが、対象不動産の類型、市場の状況、利用可能な資料の制約により、特定の手法の適用が困難な場合があります。
原価法は既成市街地の更地、取引事例比較法は特殊用途の不動産や取引事例の少ない地域、収益還元法は自用不動産や文化財建造物など、それぞれ適用が困難となる典型的なケースがあります。ただし、自用不動産への収益還元法の適用(想定賃料ベース)など、工夫次第で適用可能な場合もあります。
手法の適用が困難な場合には、適用可能な手法を丁寧に適用するとともに、適用しなかった手法とその理由を鑑定評価報告書に明記することが求められます。
関連する記事として、鑑定評価の3手法を徹底比較、試算価格の調整、鑑定評価基準の全体像も参照してください。