不動産鑑定におけるスライド法の仕組みと適用
不動産鑑定士試験で問われるスライド法の仕組みを解説。継続賃料を求める4手法の一つとして、直近合意時点の純賃料に変動率を乗じて試算賃料を求める方法を、基準原文の引用・具体的な計算例・他手法との比較とともに体系的に整理します。
スライド法とは
不動産鑑定士試験において、継続賃料を求める鑑定評価の手法は4つある。差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法の4手法であり、スライド法はこのうちの一つとして鑑定評価基準の総論第7章第2節に規定されている。
スライド法の最大の特徴は、直近合意時点における純賃料に変動率を乗じるという簡明な構造にある。経済情勢の変化を変動率として捉え、それを直近合意時点の賃料水準に反映させることで、価格時点における適正な継続賃料の水準を求めようとするものである。
スライド法は、直近合意時点における純賃料に変動率を乗じて得た額に価格時点における必要諸経費等を加算して試算賃料を求める手法である。なお、直近合意時点における実際実質賃料又は実際支払賃料に即応する適切な変動率が求められる場合には、当該変動率を乗じて得た額を試算賃料として直接求めることができるものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第2節
スライド法の基本構造
算定式
スライド法による試算賃料は、基本的に次の式で求められる。
この式の各構成要素を整理すると以下のとおりである。
| 構成要素 | 内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 直近合意時点の純賃料 | 契約当事者間で合意された賃料のうち、必要諸経費等を除いた純粋な対価部分 | 実質賃料から必要諸経費等を控除して求める |
| 変動率 | 直近合意時点から価格時点までの経済情勢等の変化を表す率 | 各種指数等を総合的に勘案 |
| 必要諸経費等 | 価格時点における維持管理費、公租公課、損害保険料等 | 価格時点の水準で算定 |
直接求める方法
基準では、純賃料に変動率を乗じる方法のほか、実際実質賃料または実際支払賃料に即応する適切な変動率が求められる場合には、それらに変動率を乗じて試算賃料を直接求めることもできるとしている。
この方法は、必要諸経費等を個別に積み上げる必要がないため、実務上の簡便さという利点がある。ただし、適用に当たっては、実際実質賃料全体に対応する変動率を合理的に求められることが前提となる。
変動率の求め方
基準の規定
変動率の求め方について、基準は次のように規定している。
変動率は、直近合意時点から価格時点までの間における経済情勢等の変化に即応する変動分を表すものであり、継続賃料固有の価格形成要因に留意しつつ、土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数や整備された不動産インデックス等を総合的に勘案して求めるものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第2節
変動率の算定に用いる指標
変動率の算定に当たっては、以下のような各種指標を総合的に勘案する。
| 指標の種類 | 具体例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 土地価格の変動 | 地価公示、都道府県地価調査、路線価の推移 | 賃料の基礎となる不動産価格の変動を直接反映 |
| 建物価格の変動 | 建築費指数、建設工事費デフレーター | 建物及びその敷地の賃料の場合に特に重要 |
| 物価変動 | 消費者物価指数(CPI)、GDPデフレーター | 一般的な経済情勢の変化を反映 |
| 所得水準の変動 | 賃金指数、県民所得の推移 | 賃料負担力の変化を反映 |
| 不動産インデックス | 賃料指数、不動産投資収益指数等 | 不動産市場の動向を直接反映 |
変動率算定の留意点
変動率の算定において特に重要なのは、継続賃料固有の価格形成要因への留意である。継続賃料の求め方と4手法の特徴で解説したとおり、継続賃料には新規賃料とは異なる固有の価格形成要因がある。
基準が掲げる継続賃料固有の価格形成要因は以下のとおりである。
- 近隣地域等における賃料の推移及びその改定の程度
- 土地価格の推移
- 公租公課の推移
- 契約の内容及びそれに関する経緯
- 賃貸人等又は賃借人等の近隣地域の発展に対する寄与度
変動率は、これらの要因を踏まえ、単一の指標に偏ることなく総合的に勘案して求めることが求められる。例えば、地価の変動率のみをもって変動率とすることは適切ではなく、物価変動や所得水準の変動も加味して、対象不動産の賃料にふさわしい変動率を判断する必要がある。
スライド法の具体的な計算例
事例:宅地の継続賃料
前提条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象不動産 | 宅地(借地) |
| 直近合意時点 | 3年前 |
| 直近合意時点の実質賃料 | 月額30万円 |
| うち純賃料 | 月額22万円 |
| うち必要諸経費等 | 月額8万円 |
| 価格時点の必要諸経費等 | 月額9万円(公租公課の増加等) |
変動率の算定
| 指標 | 変動率 | 重み |
|---|---|---|
| 地価変動率 | +5.0% | 高い |
| 消費者物価指数変動率 | +3.0% | 中程度 |
| 賃金指数変動率 | +2.0% | 中程度 |
これらを総合的に勘案し、変動率を+4.0%と判断。
計算
スライド法による試算賃料
= 直近合意時点の純賃料 × (1 + 変動率) + 価格時点の必要諸経費等
= 22万円 × 1.04 + 9万円
= 22.88万円 + 9万円
= 31.88万円(月額)
他の継続賃料手法との比較
4手法の位置づけ
継続賃料の求め方と4手法の特徴で詳述されているとおり、継続賃料を求める4手法はそれぞれ異なるアプローチで賃料を求める。
| 手法 | アプローチ | 着眼点 |
|---|---|---|
| 差額配分法 | 新規賃料との差額を配分 | 経済価値に即応した適正賃料との乖離 |
| 利回り法 | 基礎価格に継続賃料利回りを適用 | 不動産の元本価値と利回りの関係 |
| スライド法 | 直近合意時点の純賃料に変動率を適用 | 経済情勢の変化による賃料水準の変動 |
| 賃貸事例比較法 | 類似の賃貸借事例から比準 | 市場における賃料水準 |
スライド法の強みと弱み
| 強み | 弱み |
|---|---|
| 計算構造が明快で理解しやすい | 変動率の算定に主観が入りやすい |
| 直近合意時点の賃料を出発点とするため、契約の連続性を反映しやすい | 直近合意時点の賃料が不適切な場合、その影響を引き継ぐ |
| 各種経済指標を活用でき、客観的な根拠を示しやすい | 複数の指標をどのように総合するかに一定の判断が必要 |
| 賃料の遅行性を考慮した変動率を設定できる | 不動産市場特有の要因を変動率に十分反映するのが難しい場合がある |
差額配分法との関係
差額配分法は新規賃料との差額に着目する手法であり、新規賃料の求め方で解説した積算法や賃貸事例比較法等により求めた新規賃料を前提とする。これに対し、スライド法は直近合意時点の賃料を出発点とするため、新規賃料を別途求める必要がない点で実務上の負担が軽い。
一方、差額配分法は現時点の適正な賃料水準との関係を直接把握できるのに対し、スライド法は変動率を介した間接的な把握となる点に違いがある。
利回り法との関係
利回り法は新規賃料の求め方における積算法に類似した構造を持ち、基礎価格に利回りを乗じるアプローチをとる。不動産の元本価値と利回りの関係から賃料を導くため、不動産価格の変動を直接反映できる。
スライド法が賃料の変動そのものに着目するのに対し、利回り法は不動産価格と利回りの関係に着目する点で、両者は補完的な関係にある。
継続賃料の鑑定評価における手法の適用
基準の規定
継続賃料の鑑定評価における手法の適用について、基準は以下のように規定している。
継続中の宅地の賃貸借等の契約に基づく実際支払賃料を改定する場合の鑑定評価額は、差額配分法による賃料、利回り法による賃料、スライド法による賃料及び比準賃料を関連づけて決定するものとする。
― 不動産鑑定評価基準 各論第2章第1節
この規定から明らかなとおり、継続賃料の鑑定評価においては4手法を関連づけて決定することが求められている。スライド法は4手法の一つとして、他の手法と併用されるべきものである。
4手法の総合的勘案事項
継続賃料の鑑定評価においては、4手法の適用とあわせて、以下の事項を総合的に勘案する。
| 勘案事項 | 内容 |
|---|---|
| 賃料の推移及び改定の程度 | 近隣地域等における賃料動向 |
| 土地価格の推移 | 地価の変動傾向 |
| 賃料に占める純賃料の推移 | 純賃料比率の変化 |
| 底地に対する利回りの推移 | 投資利回りの動向 |
| 公租公課の推移 | 固定資産税等の増減 |
| 新規賃料と現行賃料の乖離の程度 | 直近合意時点及び価格時点における乖離 |
| 契約の内容及びそれに関する経緯 | 契約条件の特殊性 |
| 契約上の経過期間 | 契約開始から現在までの期間 |
| 賃料改定の経緯 | 過去の改定の状況 |
必要諸経費等の求め方
積算法に準ずる
スライド法における必要諸経費等の求め方は、新規賃料の求め方で解説した積算法に準ずるとされている。
必要諸経費等の求め方は、積算法に準ずるものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第2節
必要諸経費等の項目
必要諸経費等に含まれる項目は以下のとおりである。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 減価償却費 | 償却前の純収益に対応する期待利回りを用いる場合には計上しない |
| 維持管理費 | 維持費、管理費、修繕費等 |
| 公租公課 | 固定資産税、都市計画税等 |
| 損害保険料 | 火災保険、各種保険 |
| 貸倒れ準備費 | 賃料の未回収リスクに対応する費用 |
| 空室等損失相当額 | 空室による収入減少の見込み額 |
スライド法の特徴として、純賃料部分には変動率を乗じるが、必要諸経費等は価格時点における水準で別途算定する点がある。これは、公租公課等の経費は変動率とは独立に変動する場合があるためである。
賃料の変動における遅行性
賃料の遅行性とスライド法
不動産の賃料には、地価や物価の変動に対して遅れて変動するという特性がある。これを賃料の遅行性という。スライド法の変動率を算定する際には、この遅行性を考慮することが重要である。
例えば、地価が急激に上昇した局面であっても、賃料は契約期間の制約や当事者間の関係性から、地価の上昇ほどには上昇しないことが一般的である。変動率を地価変動率そのままとするのではなく、賃料の遅行性を反映した適切な変動率を算定する必要がある。
賃料増減額請求との関連
スライド法は、賃料増減額請求と鑑定評価の場面で特に重要となる。借地借家法に基づく賃料増減額請求に際して鑑定評価が行われる場合、スライド法は経済情勢の変動を客観的な指標で示すことができるため、裁判所における説得力が高いとされる。
試験での出題ポイント
短答式試験
- スライド法の定義: 「直近合意時点における純賃料に変動率を乗じて得た額に、価格時点における必要諸経費等を加算して試算賃料を求める手法」を正確に理解する
- 変動率の求め方: 「土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数等を総合的に勘案」がキーフレーズ
- 4手法の位置づけ: 継続賃料を求める4手法(差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法)の中でのスライド法の特徴を問う出題
論文式試験
- スライド法の意義と手順: 直近合意時点の純賃料を出発点とし、経済情勢の変動を変動率として反映させる手法であることを論述する
- 変動率の算定方法: 各種指標を総合的に勘案する際の考え方、継続賃料固有の価格形成要因との関係を論じる
- 4手法の比較: 差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法のそれぞれの特徴と相互関係を論述する
暗記のポイント
- スライド法の定義文: 「直近合意時点における純賃料に変動率を乗じて得た額に、価格時点における必要諸経費等を加算」
- 変動率の算定: 「土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数等を総合的に勘案」
- 実質賃料ベースの直接法: 「直近合意時点における実際実質賃料に即応する適切な変動率が求められる場合には、試算賃料を直接求めることができる」
まとめ
スライド法は、継続賃料を求める4手法の一つとして、直近合意時点における純賃料に変動率を乗じ、価格時点の必要諸経費等を加算して試算賃料を求める手法である。計算構造が明快であり、各種経済指標を用いて変動率を算定するため、客観的な根拠を示しやすいという特徴がある。
変動率の算定に当たっては、土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数を総合的に勘案することが求められる。この際、継続賃料固有の価格形成要因に留意し、賃料の遅行性も考慮に入れることが重要である。
実務においてスライド法は、賃料増減額請求と鑑定評価の場面をはじめ、継続賃料の鑑定評価で広く活用されている。ただし、スライド法のみで継続賃料を決定するのではなく、差額配分法、利回り法、賃貸事例比較法と関連づけて鑑定評価額を決定することが基準の要請である。継続賃料の求め方と4手法の特徴、試算価格の調整とはもあわせて参照し、継続賃料の鑑定評価の全体像を理解されたい。