「正常価格」と「公正価値」の違い - 鑑定評価と会計基準
鑑定評価基準の「正常価格」と会計基準の「公正価値」の違いを解説。両概念の定義、共通点と相違点、特定価格との関係、IFRS対応における鑑定評価の役割まで体系的に整理します。
はじめに――2つの「適正な価格」概念
不動産の価値を表す概念として、鑑定評価基準の正常価格と会計基準の公正価値(Fair Value)は、いずれも「市場において成立する適正な価格」を意味する概念です。しかし、両者は定義の仕方や適用場面が異なり、必ずしも同一の金額を示すとは限りません。
不動産鑑定評価が会計上の時価評価に活用される場面が増える中、正常価格と公正価値の関係を正確に理解することは、鑑定士・会計士双方にとって重要なテーマです。
本記事では、正常価格と公正価値の定義を比較し、両者の共通点と相違点、特定価格との関係を解説します。正常価格・限定価格・特定価格・特殊価格の違いも併せて参照してください。
正常価格の定義
鑑定評価基準における正常価格
鑑定評価基準は、正常価格を以下のように定義しています。
正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいう。― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第3節
合理的な市場の条件
正常価格が成立するための「合理的な市場」の条件は以下のとおりです。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 十分な情報 | 市場参加者が対象不動産について十分な情報を有する |
| 取引の自由 | 市場参加者が強制や義務によらず自由に取引できる |
| 合理的な行動 | 市場参加者が合理的に行動する |
| 十分な市場露出期間 | 対象不動産が市場に十分に晒されている |
正常価格の特徴
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 最も基本的な価格概念 | 鑑定評価基準の4つの価格概念の中で最も中心的 |
| 最有効使用が前提 | 対象不動産の最有効使用を前提として求める |
| 現実の市場条件 | 現実の社会経済情勢を前提とする |
| 一つの市場 | 合理的な市場を想定(特定の買い手を限定しない) |
公正価値の定義
会計基準における公正価値
公正価値(Fair Value)は、主に会計基準において用いられる概念です。日本の会計基準とIFRS(国際財務報告基準)では、それぞれ以下のように定義されています。
IFRS第13号「公正価値測定」:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 定義 | 測定日において市場参加者間の秩序ある取引において、資産の売却により受け取るであろう価格又は負債の移転のために支払うであろう価格 |
| 前提 | 出口価格(Exit Price):売却時の価格 |
| 市場 | 主要な市場または最も有利な市場 |
| 市場参加者 | 独立し、知識を有し、取引の意思と能力のある当事者 |
日本の会計基準(企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」):
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 定義 | 算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格 |
| 前提 | IFRS第13号と同様の出口価格アプローチを採用 |
公正価値の特徴
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 出口価格 | 売却を想定した価格(取得価格ではない) |
| 市場参加者の視点 | 特定の企業ではなく市場参加者の視点で測定 |
| 最有効利用が前提 | 資産の最有効利用(highest and best use)を前提 |
| 測定日時点 | 測定日(決算日等)時点の価格 |
正常価格と公正価値の比較
共通点
正常価格と公正価値には以下の共通点があります。
| 共通点 | 内容 |
|---|---|
| 市場ベースの価格 | いずれも合理的な市場で形成される価格を意味する |
| 合理的な当事者 | 知識を有する合理的な当事者間の取引を前提とする |
| 最有効使用の前提 | 対象不動産の最有効使用を前提とする |
| 強制のない取引 | 強制や義務によらない自由な取引を想定する |
相違点
| 比較項目 | 正常価格 | 公正価値 |
|---|---|---|
| 適用分野 | 不動産鑑定評価 | 会計・財務報告 |
| 策定主体 | 国土交通省(鑑定評価基準) | IASB(IFRS)、ASBJ(日本基準) |
| 価格の性格 | 取引一般の価格 | 出口価格(売却価格) |
| 対象資産 | 不動産に限定 | すべての資産・負債 |
| 市場の想定 | 合理的な市場 | 主要な市場または最も有利な市場 |
| 取引費用 | 含まない | 含まない(取引費用は別途考慮) |
| レベル区分 | なし | レベル1〜3の階層(インプットの区分) |
重要な相違:出口価格の概念
公正価値の最大の特徴は出口価格(Exit Price)の概念です。公正価値は「売却により受け取る価格」として定義されており、常に売却の観点から測定されます。
これに対して、正常価格は売却側と購入側の双方を含む取引一般の価格です。正常価格は、売り手も買い手も合理的に行動する取引において形成される価格であり、特に「売却」の観点に限定されているわけではありません。
ただし、実務上は両者の金額が大きく異なることは通常ありません。合理的な市場においては、売却価格と購入価格は近接するからです。
正常価格と公正価値は全く異なる概念であり、金額が一致することはない。
特定価格と公正価値の関係
会計基準に基づく特定価格
鑑定評価基準では、正常価格以外に特定価格という価格概念があります。特定価格は、法令等による社会的要請を背景として、正常価格の前提となる条件とは異なる条件のもとで評価する場合の価格です。
特定価格とは、市場性を有する不動産について、法令等による社会的要請を背景とする評価目的の下で、正常価格の前提となる諸条件を満たさないことにより正常価格と同一の市場概念の下において形成されるであろう市場価値と乖離することとなる場合における不動産の経済価値を適正に表示する価格をいう。― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第3節
特定価格が適用される場面
会計基準に関連して特定価格が適用される場面として、以下が挙げられます。
| 場面 | 内容 | 特定価格となる理由 |
|---|---|---|
| 投資用不動産の時価 | 賃貸等不動産の時価注記 | 会計目的に即した評価条件の設定 |
| 民事再生法に基づく評価 | 再生手続における財産の評価 | 早期売却を前提とする場合がある |
| 会社更生法に基づく評価 | 更生手続における財産の評価 | 事業の継続を前提とする場合がある |
| 資産除去債務 | 原状回復費用の見積もり | 特定の条件のもとでの評価 |
正常価格・特定価格・公正価値の関係
| 概念 | 市場の前提 | 条件 |
|---|---|---|
| 正常価格 | 合理的な市場 | 標準的な条件 |
| 特定価格 | 法令等による特殊な条件 | 正常価格の前提と異なる条件 |
| 公正価値 | 主要な市場/最も有利な市場 | 出口価格、市場参加者の視点 |
多くの場合、不動産の鑑定評価における正常価格と、会計基準における公正価値は近い金額を示します。しかし、評価条件や前提が異なる場合には、特定価格として求めることが適切な場合もあります。
会計基準に基づく不動産の時価評価において、常に正常価格が用いられるとは限らない。
不動産の会計上の時価評価
時価評価が求められる場面
不動産について会計上の時価(公正価値)が求められる主な場面は以下のとおりです。
| 場面 | 会計基準 | 時価の用途 |
|---|---|---|
| 賃貸等不動産の時価注記 | 企業会計基準第20号 | 注記情報としての時価の開示 |
| 減損会計 | 企業会計基準適用指針第6号 | 回収可能価額の算定(正味売却価額) |
| IFRS適用企業の投資不動産 | IAS第40号 | 公正価値モデルまたは原価モデル |
| 企業結合(PPA) | 企業会計基準第21号 | 取得原価の配分 |
| 資産除去債務 | 企業会計基準第18号 | 原状回復費用の見積もり |
鑑定評価の活用
会計上の時価評価において、不動産鑑定評価が活用されることが一般的です。
| 活用場面 | 鑑定評価の役割 |
|---|---|
| 時価の算定 | 正常価格または特定価格として鑑定評価を実施 |
| 減損の判定 | 回収可能価額の参考として鑑定評価を活用 |
| 投資不動産の公正価値 | IFRS適用企業の投資不動産の公正価値として活用 |
| PPAにおける土地・建物 | 企業結合時の取得原価配分の基礎資料として活用 |
公正価値のレベル区分
IFRS第13号のレベル区分
IFRSの公正価値測定では、測定に使用するインプット(入力データ)の性質に応じてレベル1〜3の階層を設けています。
| レベル | インプットの種類 | 不動産の場合 |
|---|---|---|
| レベル1 | 活発な市場における同一資産の公開価格 | 上場REITの市場価格(不動産そのものには通常適用困難) |
| レベル2 | レベル1以外の直接的・間接的に観察可能なインプット | 類似不動産の取引価格、市場データに基づく利回り |
| レベル3 | 観察不能なインプット(重要な仮定を含む) | DCF法における将来の賃料予測、割引率の設定 |
不動産の公正価値測定は、多くの場合レベル3に分類されます。これは、不動産の評価には市場から直接観察できないインプット(将来の収益予測、利回りの設定等)が含まれるためです。
日本基準のレベル区分
日本の「時価の算定に関する会計基準」も、IFRSと同様のレベル区分を採用しています。鑑定評価基準にはこのようなレベル区分の概念はありませんが、会計上の時価算定に鑑定評価を活用する場合には、レベル区分を意識する必要があります。
試験での出題ポイント
短答式試験の頻出論点
| 出題パターン | 頻出の誤りの選択肢 | 正しい理解 |
|---|---|---|
| 正常価格の定義 | 「正常価格は出口価格として定義される」 | 正常価格は合理的な市場で形成される市場価値であり、出口価格に限定されない |
| 公正価値との関係 | 「正常価格と公正価値は常に同額」 | 基本的に近い概念だが、評価条件の違いにより金額が異なる場合がある |
| 特定価格の適用 | 「会計目的の評価では常に正常価格を使う」 | 会計目的でも条件によっては特定価格が適切な場合がある |
| IFRSの公正価値 | 「入口価格として定義される」 | 出口価格(売却により受け取る価格)として定義される |
論文式試験のポイント
論点1:正常価格と公正価値の比較。 両概念の定義を正確に示し、共通点と相違点を体系的に論述する問題です。
論点2:特定価格と公正価値の関係。 会計目的の鑑定評価において正常価格と特定価格のいずれが適切かを判断する基準を論じる問題です。
論点3:不動産の会計上の時価評価における鑑定評価の役割。 減損会計、時価注記、IFRSの投資不動産など、会計上の時価評価における鑑定評価の活用場面と役割を論述する問題です。
まとめ
鑑定評価基準の正常価格と会計基準の公正価値は、いずれも合理的な市場で形成される適正な価格を意味する概念であり、基本的な考え方は共通しています。しかし、公正価値が出口価格(売却価格)として定義され、レベル区分の概念を持つなど、定義の仕方や適用場面に違いがあります。
実務上は両者の金額が大きく異なることは通常ありませんが、会計目的の評価において正常価格の前提条件と異なる条件が必要な場合には、特定価格として鑑定評価を行うことが適切な場合もあります。
不動産の時価評価が求められる場面(減損会計、時価注記、IFRS対応等)が増加する中、正常価格と公正価値の関係を正確に理解することは、鑑定士にとって不可欠な知識です。
関連する記事として、正常価格・限定価格・特定価格・特殊価格の違い、国際評価基準(IVS)と日本の基準の比較、鑑定評価基準の全体像も参照してください。