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土地収用法における損失補償の基準を解説

土地収用法における損失補償の体系と算定基準を詳しく解説。土地補償(71条)・建物補償(77条〜80条)・残地補償(74条)・営業補償の仕組みから、用対連基準との関係、鑑定評価の活用まで試験頻出論点を網羅します。

土地収用法の損失補償制度の全体像

土地収用法は、公共の利益となる事業のために私有財産である土地等を強制的に取得し、その代償として損失を補償する制度を定めた法律です。損失補償は、憲法第29条第3項が保障する「正当な補償」を具体化するものであり、土地収用制度の根幹をなしています。

損失補償の体系は多岐にわたります。土地そのものの補償にとどまらず、建物等の物件、営業上の損失、残地の価値減少、借地人・借家人の権利など、収用によって生じるあらゆる損失を適正に填補することが求められます。

本記事では、土地収用法に定められた損失補償の各類型と算定基準を条文に即して整理し、実務上重要な「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(用対連基準)との関係、そして補償額算定における不動産鑑定評価の役割を体系的に解説します。損失補償に関する判例公共事業の補償実務と併せて学習することで、損失補償制度の全体像がより明確になります。


土地の補償(71条)

71条の規定内容

土地収用法における損失補償の中核をなすのが、土地の補償を定めた第71条です。

収用する土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。― 土地収用法 第71条

71条は、補償額の算定について以下の要素を規定しています。

要素内容
価格の基準近傍類地の取引価格等を考慮して算定した「相当な価格」
価格時点事業認定の告示の時
時点修正権利取得裁決の時までの物価変動に応ずる修正率を乗じる

「相当な価格」の意味

71条にいう「相当な価格」とは、収用される土地の客観的な市場価値、すなわち正常な取引価格を意味します。正常価格の考え方に基づき、合理的な市場で成立するであろう価格を基準とするものです。

「近傍類地の取引価格等を考慮して」という文言は、補償額の算定方法を示したものです。対象地と類似する近傍の土地の取引事例を基礎資料として活用し、個別的な要因の比較・補正を加えることで、対象地固有の「相当な価格」を算定します。

この「相当な価格」は、最高裁昭和48年10月18日判決(完全補償説判決)によって、被収用地の客観的な市場価値を完全に補償するものであることが確認されています。市場価格を下回る補償は、憲法29条3項の「正当な補償」を満たさないとする立場です。

価格時点が事業認定告示時である理由

補償額の算定基準時が「事業認定の告示の時」とされている理由は、事業の影響を排除した公正な価格を確保するためです。

事業認定の告示後は、当該公共事業の実施が確定するため、周辺地域の地価に影響が生じます。事業計画による地価上昇(開発利益)を補償額に反映すると、被収用者が不当に利益を得ることになり、逆に事業による地価下落を反映すると、被収用者が不当に不利益を被ります。そこで、事業認定告示時を基準時とし、事業の影響を遮断した時点での価格を補償の基礎とするのです。

ただし、事業認定告示時から権利取得裁決時までの間に一般的な物価変動が生じるため、その差額を修正率によって調整する仕組みが設けられています。

確認問題

土地収用法71条の補償額の算定における価格時点は、権利取得裁決の時である。


建物その他の物件の補償(77条〜80条)

移転料補償の原則(77条)

土地の収用に伴い、その土地上に存在する建物やその他の物件についても補償が必要です。建物等の補償の基本原則を定めるのが第77条です。

土地等の収用又は使用に因り土地等の所有者又は関係人が受ける損失は、この法律に特別の定めがあるもの場合を除き、金銭をもつて補償するものとする。― 土地収用法 第68条

建物等に対する補償の基本は、移転料補償です。すなわち、収用される土地上の建物を他の場所に移転するために要する費用を補償するという考え方です。建物そのものの「価格」を補償するのではなく、移転に必要な費用を補償するという点が重要です。

補償の類型内容適用場面
移転料補償建物を他の場所に移転するための費用移転が合理的に可能な場合(原則)
取壊し補償建物の取壊しに伴う損失の補償移転が著しく困難な場合

取壊し補償の場合

建物の構造、規模、用途等の事情から、移転することが著しく困難である場合には、取壊し補償が行われます。この場合、建物の価値(再調達原価から減価修正を行った額)に相当する額が補償されます。

取壊し補償が適用される典型的なケースとしては、以下のような場合があります。

ケース理由
鉄筋コンクリート造の大規模建物物理的に移転が困難
地盤に依存した特殊構造の建物移転先での再現が不可能
移転先の敷地が確保できない場合移転が現実的に不可能

その他の物件の補償

建物以外にも、土地上に存在する工作物、立木、その他の物件についても、同様に移転料又はそれに代わる補償が行われます。庭木、門塀、井戸、上下水道の付属設備なども物件補償の対象です。

確認問題

土地収用法において、建物に対する補償は常に建物の取壊し費用を基準として行われる。


残地補償(74条)

残地補償の仕組み

土地の一部が収用される場合、残された土地(残地)の価値が減少することがあります。この残地の価値減少に対する補償を定めたのが第74条です。

同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用することによつて、残地の価格が減じ、その他残地に関して損失が生ずるときは、その損失を補償しなければならない。― 土地収用法 第74条

残地補償は、土地の一部収用に伴って残地に生じる損失を包括的に補償する制度です。価格の減少だけでなく、「その他残地に関して損失が生ずるとき」と広く規定されており、残地の利用に支障が生じる場合の損失全般が補償の対象となります。

残地に生じる損失の類型

残地に生じる損失は、主に以下のように分類されます。

損失の類型具体例
形状の悪化収用によって残地が不整形となり、利用効率が低下する
面積の過小化残地の面積が過小となり、建築や利用が困難になる
接道条件の変化収用によって道路への接面状況が悪化する
日照・通風の悪化隣接地に公共施設が建設されることによる環境変化
利用上の制約残地の最有効使用が制約を受ける

残地収用請求権(76条)

残地の価値が著しく減少した場合には、土地所有者は残地の収用を請求する権利を有します。

同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用することによつて、残地を従来利用していた目的に供することが著しく困難となるときは、土地所有者は、その残地の収用を請求することができる。― 土地収用法 第76条第1項

これは、残地の利用価値が著しく低下し、従来の目的に使用することが困難となった場合に、残地の補償だけでは不十分であるため、残地全体の収用を求めることを認めた規定です。残地収用請求権は土地所有者の保護を厚くするための制度として重要な意義を有します。


その他の損失補償

営業補償

土地の収用に伴い、収用地上で営業を行っている者が被る営業上の損失も補償の対象です。営業補償の対象となる損失には、以下のものがあります。

損失の類型内容
営業休止の損失移転期間中に営業を休止することによる収益の減少
営業廃止の損失移転先での営業再開が不可能な場合の営業権の喪失
営業規模縮小の損失移転先での営業規模が縮小されることによる収益減少
得意先喪失の損失移転に伴う顧客基盤の喪失

営業廃止の場合の補償額は、営業の収益性や将来の収益見込みを総合的に評価して算定されます。営業休止の場合は、休止期間中の収益減少額と固定的経費が補償の対象となります。

借家人・借地人への補償

収用される土地に借地権が設定されている場合、借地権者にも補償がなされます。同様に、収用地上の建物に賃借人がいる場合には、借家人の移転に伴う損失も補償の対象です。

権利者補償の内容
借地権者借地権の消滅に対する補償(借地権価格に相当する額)
借家人移転に伴う引越費用、新規賃借に要する費用等
その他の権利者地役権、抵当権等の権利の消滅に伴う補償

借地権の補償額の算定においても、不動産鑑定士の評価が重要な役割を果たします。借地権価格は、鑑定評価基準に基づく適正な評価手法によって算定されます。

離職者補償

収用に伴い職を失う従業員に対しても補償がなされます。離職者補償は、被収用者本人ではなく、その事業に従事していた従業員の生活保障を目的とするものです。離職を余儀なくされた従業員の再就職までの期間に対応する賃金相当額などが補償されます。


事業の影響の排除

開発利益・事業損失の排除

損失補償の算定において極めて重要な原則が、事業の影響の排除です。補償額は、当該公共事業がなかったとした場合の正常な価格を基準とし、事業の実施に伴う地価変動の影響を排除して算定しなければなりません。

この原則は、71条が価格時点を「事業認定の告示の時」と定めていることと密接に関連します。事業認定の告示後は、公共事業の存在が地価に影響を与えるため、告示時点を基準とすることで事業の影響を遮断します。

排除すべき影響具体例排除の理由
開発利益事業によるインフラ整備で地価が上昇被収用者に不当な利益が帰属するため
事業損失事業計画の存在で地価が下落被収用者が不当な不利益を被るため
収用増価収用の見込みにより土地の希少性が高まり地価上昇投機的な価格上昇を排除するため

具体的な排除方法

実務上、事業の影響の排除は以下の方法で行われます。

事業認定告示時の周辺地域の地価動向を分析し、当該事業の影響を受けていない近傍の取引事例を選択します。やむを得ず事業の影響を受けた取引事例を採用する場合には、事業の影響による価格変動分を補正します。

地価公示の標準地価格は、事業の影響を排除した正常価格として算定されているため、公共用地の補償額算定における有力な参考資料となります。地価公示法第9条は、土地の取引を行う者は公示価格を指標として取引を行うよう努めなければならないと規定しており、収用に際しても公示価格を規準とすることが求められます。

確認問題

土地収用法の損失補償の算定において、公共事業の実施により周辺の地価が上昇した場合、その上昇分は補償額に加算される。


公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱と用対連基準

損失補償基準要綱(閣議決定)

土地収用法は損失補償の大枠を定める法律ですが、実務上の補償額算定にあたっては、より具体的な基準が必要です。そこで、1962年(昭和37年)に閣議決定されたのが「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」です。

この要綱は、各省庁が公共事業の用地取得にあたって統一的な補償基準を適用できるよう、補償の種類・算定方法・手続きを体系的に規定しています。

項目内容
制定年1962年(昭和37年)閣議決定
目的公共事業の用地取得における補償基準の統一
法的性格閣議決定であり法律ではないが、行政実務上の拘束力を有する
主な規定内容土地補償・建物補償・営業補償・残地補償等の算定方法

用対連基準との関係

用対連基準」とは、「公共用地の取得に伴う損失補償基準」の略称で、閣議決定の損失補償基準要綱をより詳細に具体化した基準です。用対連(用地対策連絡会)は、各省庁の用地担当部局で構成される連絡組織であり、この組織が策定した基準であることから「用対連基準」と呼ばれます。

用対連基準は、損失補償基準要綱の内容を補完し、各補償項目についてさらに詳細な算定方法や取扱基準を定めています。公共事業における用地取得の実務では、土地収用法と用対連基準を併用して補償額を算定するのが一般的です。

基準位置づけ詳細度
土地収用法法律補償の大枠・原則を規定
損失補償基準要綱閣議決定補償の種類・算定方法の体系化
用対連基準行政基準各補償項目の具体的な算定方法

補償額算定の実務フロー

公共事業における補償額算定の実務は、概ね以下のフローで進められます。

  1. 事業計画の確認 ― 収用の範囲・対象となる土地・物件を特定
  2. 現地調査 ― 対象地・物件・営業状況等の実態を調査
  3. 土地の鑑定評価 ― 不動産鑑定士が正常価格を算定
  4. 物件調査 ― 建物・工作物等の構造・規模・用途を調査し移転工法を検定
  5. 補償額の算定 ― 用対連基準に基づき各補償項目の金額を算定
  6. 補償額の提示・交渉 ― 土地所有者等に補償額を提示し任意買収を交渉
  7. 裁決申請(任意取得不調の場合) ― 収用委員会に裁決を申請

この一連の流れにおいて、不動産鑑定士は主として第3段階の土地の鑑定評価を担当しますが、残地補償の評価や借地権価格の評価なども鑑定士の業務範囲に含まれます。


補償金の算定における鑑定評価の活用

鑑定評価が求められる場面

土地収用における損失補償の算定において、不動産鑑定評価は以下の場面で活用されます。

場面鑑定評価の内容
土地の補償額算定収用対象地の正常価格の鑑定評価
残地補償の算定残地の価値減少額の鑑定評価
借地権の補償額算定借地権価格の鑑定評価
区分地上権の補償額算定区分地上権の価格の鑑定評価
収用委員会の審理収用委員会が裁決にあたり参考とする鑑定評価

鑑定評価における留意点

公共事業の用地取得に伴う鑑定評価においては、通常の鑑定評価とは異なる特有の留意点があります。

事業の影響の排除が最も重要な留意点です。前述のとおり、当該公共事業の計画や実施に伴う地価変動の影響を排除した価格を求めなければなりません。取引事例の選択においても、事業の影響を受けた事例を安易に採用することは避け、影響を受けていない事例を優先的に選択する必要があります。

地価公示価格との均衡も重要です。地価公示法に基づき、公共用地の取得に伴う土地の評価においては、公示価格を規準とすることが求められます。鑑定評価の結果が公示価格と著しく乖離する場合には、その合理的な理由を明確にしなければなりません。

また、価格時点の特定にも注意が必要です。土地収用法71条に基づき、事業認定告示時が価格時点となるため、鑑定評価もこの時点を基準として行います。告示から相当期間が経過している場合には、当時の市場動向や取引事例を遡及的に分析する必要が生じます。

確認問題

土地収用における土地の補償額算定の鑑定評価では、地価公示の公示価格を規準とすることが求められる。


完全補償の原則と土地収用法の補償体系

完全補償説の意義

損失補償に関する判例で解説したとおり、最高裁昭和48年10月18日判決は、土地収用における損失補償について完全補償説を採用しました。すなわち、収用される土地の客観的な市場価値を完全に補償しなければならないという立場です。

この完全補償説のもとでは、71条の「相当な価格」は被収用地の客観的市場価値(正常価格)と一致しなければなりません。相当補償説のように、市場価格を下回る補償で足りるとする立場は否定されたのです。

生活再建措置との関係

土地収用法は、損失補償のほかに、被収用者の生活再建措置についても規定しています。具体的には、収用によって生活の基盤を失う者に対する代替地のあっせん、職業訓練のあっせん等の措置です。

これらの生活再建措置は、金銭による損失補償だけでは被収用者の生活再建が十分に図れない場合を想定したものであり、完全補償の理念を補完する意義を有しています。

補償体系の全体像

土地収用法の損失補償体系を整理すると、以下のようになります。

補償の大分類根拠条文具体的な補償内容
土地の補償71条正常な取引価格に基づく補償
残地補償74条残地の価値減少に対する補償
物件の補償77条〜80条建物の移転料又は取壊し補償
営業補償88条等営業休止・廃止に伴う損失の補償
権利の補償71条等借地権・借家権等の消滅に対する補償
その他の補償88条等移転雑費、離職者補償等

まとめ

土地収用法における損失補償は、土地の補償(71条)を中核として、建物等の物件補償、残地補償(74条)、営業補償、借地人・借家人への補償など、多岐にわたる体系を構成しています。

試験対策として特に重要なポイントは以下の通りです。

  • 71条の「相当な価格」は正常な取引価格を意味し、完全補償説の立場から被収用地の客観的市場価値を完全に補償するものであること
  • 価格時点は事業認定告示時であり、権利取得裁決時までの物価変動修正率を乗じて調整すること
  • 事業の影響の排除が補償額算定の大原則であり、開発利益・事業損失いずれも排除すること
  • 建物補償の原則は移転料補償であり、取壊し補償は移転困難な場合の例外であること
  • 用対連基準は閣議決定の損失補償基準要綱を具体化した実務基準であること

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