不動産鑑定の取引事例比較法を完全図解 - 事例選択から比準価格までの手順
取引事例比較法の適用手順を完全図解。事例の収集・選択から事情補正・時点修正・標準化補正を経て比準価格を求めるまでの全工程を、試験対策の視点でわかりやすく解説します。
はじめに ― 取引事例比較法は「市場」から不動産の価値を測る手法
鑑定評価の三方式のうち、取引事例比較法は市場性(マーケット)に着目した手法です。実際に市場で成立した取引価格を手がかりに、そこから各種の補正・修正を加えて対象不動産の価値を導き出します。
取引事例比較法は、まず多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、これによって対象不動産の試算価格を求める手法である。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
取引事例比較法で求められる試算価格は「比準価格」と呼ばれます。三方式の中で最も広く活用される手法であり、特に土地(更地)の評価では中心的な役割を果たします。
本記事では、取引事例比較法の適用手順を事例の収集から比準価格の決定まで、段階を追って解説します。三方式の全体像については鑑定評価の三方式とは?もあわせてご覧ください。
取引事例比較法の基本的な流れ
取引事例比較法の適用手順は、以下の5つのステップで構成されます。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| Step 1 | 取引事例の収集 |
| Step 2 | 適切な事例の選択 |
| Step 3 | 事情補正・時点修正 |
| Step 4 | 標準化補正(地域要因・個別的要因の比較) |
| Step 5 | 比較考量による比準価格の決定 |
この流れを式で表すと次のようになります。
比準価格 = 取引価格 × 事情補正 × 時点修正 × 標準化補正(地域要因比較 × 個別的要因比較)
各ステップを順番に見ていきましょう。
Step 1:取引事例の収集
収集の基本方針
まず、対象不動産の周辺地域や類似地域において成立した多数の取引事例を収集します。ここで重要なのは「多数の」という点です。少数の事例に頼ると、偶然的な要素に影響されやすくなります。
基準では、取引事例の収集に関して次のように述べています。
取引事例は、近隣地域又は同一需給圏内の類似地域に存する不動産に係るもののうちから選択するものとし、必要やむを得ない場合には近隣地域の周辺の地域に存する不動産に係るもののうちから、対象不動産の最有効使用が標準的使用と異なる場合等には、同一需給圏内の代替競争不動産に係るもののうちから選択するものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
同一需給圏の概念
「同一需給圏」とは、対象不動産と代替・競争関係にある不動産が存在する地域の範囲を指します。例えば、都心のオフィスビルの評価であれば、同じ都心エリアの類似のオフィスビルの取引事例を収集します。郊外の一戸建て住宅であれば、同じ沿線・同じ生活圏の住宅取引を対象とします。
Step 2:適切な事例の選択
選択の5つのポイント
収集した多数の事例から、評価に用いるべき適切な事例を選択します。選択にあたっては、以下の5つのポイントを考慮します。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 1. 近隣地域・類似地域 | 対象不動産と同一需給圏内にあるか |
| 2. 用途の類似性 | 対象不動産と同種の用途で使用されているか |
| 3. 取引時点の近接性 | 価格時点に近い時期の取引か |
| 4. 取引事情の正常性 | 特殊な事情(売り急ぎ等)がないか |
| 5. 信頼性 | 取引価格の情報が信頼できるものか |
採用してはならない事例
以下のような事例は、原則として採用してはなりません。
- 投機的取引と認められる事例
- 特殊な動機に基づく取引(相続税の納税のための売り急ぎなど)で事情補正が困難なもの
- 取引価格の信頼性が低いと判断される事例
取引事例比較法において、投機的取引と認められる事例であっても、事情補正を行えば採用することができる。
Step 3:事情補正と時点修正
事情補正とは
取引には、当事者間の特殊な事情が介在している場合があります。例えば、親族間の廉価売買、借地権者と地主の間の取引、隣地を取得するための割高な購入などです。このような特殊な事情がある場合に、その事情が取引価格に与えた影響を適切に除去する作業が「事情補正」です。
取引事例に係る取引が特殊な事情を含み、これが当該取引事例に係る価格に影響を及ぼしているときは適切に補正しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
事情補正の例:
| 特殊事情 | 補正の方向 |
|---|---|
| 売り急ぎ(破産処分等) | 上方に補正(実際の価格が低いため) |
| 隣地取得のための割高な購入 | 下方に補正(実際の価格が高いため) |
| 親族間の低廉な売買 | 上方に補正 |
時点修正とは
取引が成立した時点と、対象不動産の価格時点(評価の基準日)には時間差があるのが通常です。その間に地価が変動していれば、取引価格をそのまま使うことはできません。取引時点から価格時点までの地価変動を反映させる作業が「時点修正」です。
時点修正には、地価公示価格の変動率、都道府県地価調査の変動率、不動産価格指数などが参考として用いられます。
事情補正とは、取引時点と価格時点の間の地価変動を反映させる補正である。
Step 4:標準化補正(地域要因・個別的要因の比較)
地域要因の比較
事例が所在する地域と、対象不動産が所在する地域の地域要因を比較し、その差異が価格に与える影響を反映します。
例えば、事例の所在する地域は駅から徒歩5分で商業地としての利便性が高いが、対象不動産の所在する地域は駅から徒歩15分の住宅地である、といった地域的な違いを補正します。
主な地域要因の比較項目:
| 分類 | 比較項目の例 |
|---|---|
| 住宅地 | 最寄駅までの距離、生活利便施設の充実度、街路の幅員、環境の良否 |
| 商業地 | 商業中心地への接近性、顧客の流動性、繁華性の程度 |
| 工業地 | 輸送施設との距離、労働力の確保の容易性 |
個別的要因の比較
同一地域内にある不動産であっても、個々の不動産には面積、形状、接道状況、方位などの違いがあります。これらの個別的な差異を比較して補正します。
主な個別的要因の比較項目:
| 対象 | 比較項目の例 |
|---|---|
| 土地 | 面積、形状(整形・不整形)、接道状況、間口・奥行の比率、高低差 |
| 建物 | 築年数、構造、設備の状態、耐震性能 |
Step 5:比較考量による比準価格の決定
複数の取引事例について上記の補正・修正を行うと、それぞれの事例から試算される価格が得られます。これらの価格を比較考量して、最終的な比準価格を決定します。
比較考量とは、単に機械的に平均するのではなく、各事例の信頼性、補正の精度、対象不動産との類似性などを総合的に判断して、最も説得力のある価格を導き出すことです。
取引事例比較法が重視されるケース
| 不動産の類型 | 取引事例比較法の重要度 | 理由 |
|---|---|---|
| 更地 | 非常に高い | 市場で活発に取引されており、事例が豊富 |
| 一戸建て住宅 | 高い | 類似物件の取引事例が多い |
| マンション(区分所有) | 高い | 同一マンション内の事例も活用可能 |
| 特殊な事業用不動産 | 低い | 類似の取引事例が少ない |
| 農地・林地 | 低〜中程度 | 市場が限定的で事例が少ない |
取引事例比較法で比準価格を求める際は、複数の事例から得られた価格を算術平均して決定する。
試験での出題ポイント
取引事例比較法に関する試験での出題ポイントは以下のとおりです。
- 事例の選択基準 ― 同一需給圏内の近隣地域・類似地域から選択することの理解
- 投機的取引の排除 ― 投機的取引の事例は採用できないことの理解
- 事情補正と時点修正の区別 ― 両者の定義を正確に区別できるか
- 標準化補正の構造 ― 地域要因の比較と個別的要因の比較の2段階であることの理解
- 比較考量 ― 機械的な平均ではなく、説得力に基づく総合判断であることの理解
- 適用手順の順序 ― 「事例収集 → 事例選択 → 事情補正・時点修正 → 標準化補正 → 比較考量」の順序
特に短答式試験では、事情補正と時点修正の定義を入れ替えた選択肢が頻出です。
暗記のポイント
手順の暗記
「収(しゅう)・選(せん)・補(ほ)・標(ひょう)・比(ひ)」 = 収集 → 選択 → 補正(事情補正・時点修正) → 標準化補正 → 比準価格
事情補正と時点修正の区別
- 事情補正 = 「事」情 = 当事者間の特殊な「事」情を除去
- 時点修正 = 「時」点 = 「時」間の経過による地価変動を反映
重要キーワード一覧
| キーワード | 暗記ポイント |
|---|---|
| 同一需給圏 | 代替・競争関係にある不動産が存在する地域の範囲 |
| 投機的取引 | 採用してはならない(事情補正しても不可) |
| 事情補正 | 特殊な事情の影響を除去 |
| 時点修正 | 地価変動を反映 |
| 比較考量 | 機械的な平均ではなく総合判断 |
| 比準価格 | 取引事例比較法で求めた試算価格の名称 |
まとめ
取引事例比較法は、市場で実際に成立した取引価格を出発点として、各種の補正・修正を加えて対象不動産の価値を導き出す手法です。
- 適用手順は「事例収集 → 事例選択 → 事情補正・時点修正 → 標準化補正 → 比較考量」の5ステップ
- 事例は同一需給圏内の近隣地域・類似地域から選択する
- 投機的取引の事例は採用不可
- 事情補正は特殊な事情の除去、時点修正は地価変動の反映
- 比準価格の決定は機械的な平均ではなく比較考量による
- 試算価格の名称は「比準価格」
取引事例比較法は、更地や一戸建て住宅の評価で特に重要な手法です。原価法や収益還元法との比較については原価法とは?や収益還元法とは?もあわせてご覧ください。