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取引事例比較法とは?事例選択の要件から比準価格の計算例まで解説

取引事例比較法とは何かを不動産鑑定評価基準の原文に沿って解説。取引事例の選択要件、事情補正・時点修正の違い、地域要因と個別的要因の比較、配分法、そして3つの事例から比準価格を求める通しの計算例まで、短答・論文の出題ポイントを含めて体系的にまとめました。

「取引事例比較法とは、要するに似た物件の取引価格から評価額を出す方法でしょう」——ここまでは、ほとんどの受験生が初日に理解します。ところが試験でこの手法を問われると、正答率が思うように上がりません。理由ははっきりしていて、取引事例比較法の得点源は「何をする手法か」ではなく「どの順番で、何を根拠に、どこまでやるか」の側にあるからです。

たとえば「事情補正と時点修正はどちらが先か」「近隣地域内の取引事例でも地域要因の比較は必要か」「投機的取引の事例は事情補正すれば使えるのか」。この3つに即答できないうちは、短答の肢を安定して切ることはできませんし、論文で手順を書き切ることもできません。いずれも不動産鑑定評価基準の総論第7章に答えが書いてあるにもかかわらず、テキストの要約だけを読んでいると素通りしてしまう論点です。

この記事では、基準の原文を引きながら、取引事例比較法の定義・事例選択の要件・事情補正・時点修正・地域要因と個別的要因の比較・配分法までを順に押さえ、最後に3つの取引事例から比準価格を実際に計算する通しの例を置きました。数値を追いながら読めば、「手順を暗記している状態」から「手順の意味を説明できる状態」まで一気に進めます。

本記事の役割
本記事は取引事例比較法という手法そのものの定義・手順・計算を扱います。取引事例をどこから、どうやって集めてくるかという事例の収集・調査の実務事例調査の方法|取引事例・賃料事例の収集テクニック を参照してください。

取引事例比較法とは

一言でいうと「市場性に着目する手法」

取引事例比較法は、鑑定評価の三方式のうち不動産の市場性に着目する手法です。実際に市場で成立した取引事例を収集し、対象不動産と比較することによって価格を求めます。

「似たような不動産が実際にいくらで取引されたか」を出発点とするため、三方式の中でも最も直感的に理解しやすい手法といえます。住宅地の更地のように取引が活発な分野では、市場参加者の判断がそのまま数値に現れるため、最も説得力の高い試算価格が得られることも珍しくありません。

この手法によって求められた試算価格は比準価格と呼ばれます。原価法なら積算価格、収益還元法なら収益価格、そして取引事例比較法なら比準価格。この3つの名称の対応は短答式で直接問われるので、真っ先に固定してください。比準価格そのものの性格については比準価格とは?求め方と活用場面でも整理しています。

基準の定義(原文)

不動産鑑定評価基準は、取引事例比較法を次のように定義しています。

取引事例比較法は、まず多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、これによって対象不動産の試算価格を求める手法である(この手法による試算価格を比準価格という。)。取引事例比較法は、近隣地域若しくは同一需給圏内の類似地域等において対象不動産と類似の不動産の取引が行われている場合又は同一需給圏内の代替競争不動産の取引が行われている場合に有効である。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

論文式ではこの定義文を書けることが前提になります。ただし丸暗記だけでは応用が利かないので、次のように分解して覚えてください。

定義文を6つのパーツに分解する

#定義文のパーツ何を要求しているか
1まず多数の取引事例を収集して少数の事例で決め打ちしない。母集団を確保する
2適切な事例の選択を行い収集した全部を使うのではなく、要件を満たすものだけを選ぶ
3必要に応じて事情補正及び時点修正を行い事例の価格を「正常」かつ「価格時点」の水準に引き直す
4かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って場所の差・物件の差を格差率として反映する
5求められた価格を比較考量し複数事例から出た価格を突き合わせて1つに絞る
6対象不動産の試算価格を求める結果が比準価格

この分解には、そのまま出題ポイントになる仕掛けが2つ含まれています。

1つ目は、パーツ3とパーツ4で表現が違うことです。事情補正と時点修正には「必要に応じて」が付いていますが、地域要因の比較と個別的要因の比較は「かつ」で接続されていて、この限定が付いていません。つまり、事情がなければ事情補正は不要、価格水準に変動がなければ時点修正は不要ですが、要因の比較のほうにはこの限定が付いていません。「必要に応じて」がどこまでかかるかは、短答の並べ替え・穴埋め型の肢で狙われます。

なお、後述するとおり近隣地域内の事例では地域要因の比較を行いませんが、これは定義文の「必要に応じて」による省略ではありません。適用方法の規定が、事例の所在に応じて行うべき比較を書き分けている結果です。根拠となる条文が別である点を混同しないでください。

2つ目は、パーツ5の「比較考量」です。基準は「平均する」とは一言も書いていません。複数の事例から求めた価格を、その信頼性の差を踏まえて総合的に判断せよ、というのが比較考量の意味です。後述の計算例で、この違いを具体的に確認します。

この手法が有効な場面

定義文の後段は、取引事例比較法が有効となる場面を示しています。整理すると次の2つです。

  • 近隣地域、もしくは同一需給圏内の類似地域等において、対象不動産と類似の不動産の取引が行われている場合
  • 同一需給圏内の代替競争不動産の取引が行われている場合

裏を返せば、これらの取引が存在しない場合には取引事例比較法は適用できません。適用の可否が外部条件(市場に事例があるかどうか)に依存する点は、原価法や収益還元法にはない取引事例比較法固有の性格です。ここが後述する限界に直結します。前提となる地域概念は同一需給圏とは?範囲の決め方近隣地域と類似地域の関係で確認しておいてください。


取引事例の収集と選択

「豊富に秩序正しく」収集する

基準は事例の収集について、取引事例に限らない一般的な規定を総論第7章第1節Ⅰに置いています。

取引事例等は、鑑定評価の各手法に即応し、適切にして合理的な計画に基づき、豊富に秩序正しく収集し、選択すべきであり、投機的取引であると認められる事例等適正さを欠くものであってはならない。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

「豊富に秩序正しく」は基準特有の言い回しで、そのまま覚える価値があります。ポイントは、量(豊富に)と体系性(秩序正しく)の両方を求めていることです。手当たり次第に集めるのではなく、近隣地域を中心に同一需給圏内の類似地域へと計画的に範囲を広げていく——これが「秩序正しく」の中身です。

なお、この規定は取引事例だけでなく、原価法で使う建設事例、収益還元法で使う収益事例にも共通して適用されます。基準がこれらをまとめて「取引事例等」と呼んでいる点に注意してください。「投機的取引の排除は取引事例比較法だけのルールである」という肢は誤りになります。

事例をどこから採ってくるか(3段階)

取引事例比較法の適用方法として、基準はさらに具体的に、事例の調達先を次のように定めています。

取引事例は、原則として近隣地域又は同一需給圏内の類似地域に存する不動産に係るもののうちから選択するものとし、必要やむを得ない場合には近隣地域の周辺の地域に存する不動産に係るもののうちから、対象不動産の最有効使用が標準的使用と異なる場合等には、同一需給圏内の代替競争不動産に係るもののうちから選択するものとするほか、次の要件の全部を備えなければならない。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

この一文には調達先が3つ、そしてそれぞれに条件が付いています。表にすると構造が見えます。

調達先使ってよい条件
近隣地域 又は 同一需給圏内の類似地域原則(無条件で第一候補)
近隣地域の周辺の地域必要やむを得ない場合に限る
同一需給圏内の代替競争不動産対象不動産の最有効使用が標準的使用と異なる場合等

短答式では、この条件の部分を入れ替えた肢が頻出します。たとえば「近隣地域の周辺の地域に存する不動産に係る事例は、対象不動産の最有効使用が標準的使用と異なる場合に選択できる」という肢は、条件の入れ替えによる誤りです。どの調達先に、どの条件が付くかをセットで記憶してください。

事例の選択要件

調達先の条件をクリアした事例は、さらに次の要件を満たす必要があります。取引事例比較法の箇所(総論第7章第1節Ⅲ)では3つが列挙されています。

① 取引事情が正常なものと認められるものであること又は正常なものに補正することができるものであること。② 時点修正をすることが可能なものであること。③ 地域要因の比較及び個別的要因の比較が可能なものであること。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

一方、事例一般に関する総論第7章第1節Ⅰの規定では、これら3つの前に所在に関する要件が置かれ、合計4つの要件として整理されています。

#要件対応する後続作業
(1)同一需給圏内の類似地域等に存する不動産、又は同一需給圏内の代替競争不動産に係るものであること事例の所在(地域分析の前提)
(2)取引等の事情が正常と認められる、又は正常なものに補正できること事情補正
(3)時点修正をすることが可能なものであること時点修正
(4)地域要因の比較及び個別的要因の比較が可能なものであること要因の比較

「4要件」と「3要件」のどちらが正しいのかと迷う受験生が多いところですが、両者は矛盾しません。取引事例比較法の箇所では所在の要件が本文中で述べられているため、列挙が①〜③の3つになっているだけで、実質的な内容は同じです。答案では「所在・事情・時点修正の可能性・要因比較の可能性の4つ」として書けば過不足がありません。

そして最も重要なのは、これらは「全部を備える」ことが求められるという点です。基準は「次の要件の全部を備えるもののうちから選択するものとする」と書いています。1つでも欠けた事例は選択できません。「主要な要件を満たしていれば足りる」「いずれかを満たせばよい」といった肢は誤りです。

要件の並びには意味がある

4つの要件は、後続の手順と1対1で対応しています。(2)を満たさない事例は事情補正ができず、(3)を満たさない事例は時点修正ができず、(4)を満たさない事例は要因比較ができません。つまり選択要件とは「この事例に対して、これから行う作業が実行可能か」を先に確認する関門なのです。

この構造を理解しておくと、要件を丸暗記する必要がなくなります。手順(事情補正→時点修正→要因比較)を思い出せば、要件は自動的に復元できます。論文式で要件の趣旨を問われたときにも、この対応関係を書けば説得力のある答案になります。

投機的取引は「補正」ではなく「排除」

基準は事例の適正さについて、明確な線を引いています。

投機的取引であると認められる事例等適正さを欠くものであってはならない。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

投機的取引とは、値上がり益の獲得のみを目的とした取引など、正常な需給関係を反映していない取引を指します。バブル期のような過熱局面では、実需とかけ離れた価格での取引が積み上がり、それを基礎に評価すれば価格の上昇をさらに追認する結果になりかねません。

ここで押さえるべきは、投機的取引は事情補正の対象ではなく、選択の段階で排除されるということです。事情補正は「特殊な事情を含むが、正常なものに補正できる」事例に対して行う作業であり、そもそも適正さを欠く事例には適用されません。短答式では「投機的取引による事例であっても、適切な事情補正を行えば取引事例として採用できる」という誤りの肢が繰り返し出題されています。補正と排除は別の話、と覚えてください。


事情補正と時点修正

事情補正の意義

取引事例の中には、当事者間の特殊な事情が価格に影響を与えているものがあります。この影響を除去して正常な取引価格に引き直す作業が事情補正です。

取引事例等に係る取引等が特殊な事情を含み、これが当該取引事例等に係る価格等に影響を及ぼしているときは適切に補正しなければならない。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

基準はさらに、「特殊な事情」の定義を正常価格との関係で明示しています。

特殊な事情とは、正常価格を求める場合には、正常価格の前提となる現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる諸条件を欠くに至らしめる事情のことである。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

この定義は論文で効きます。事情補正が「正常価格の成立条件から外れた部分を戻す作業」であることが、この一文から読み取れるからです。正常価格の成立条件そのものは正常価格とは?定義・5要件・出題ポイントを参照してください。

特殊な事情の具体例

基準は「当事者双方の能力の多様性と特別の動機により売り急ぎ、買い進み等の特殊な事情が存在する場合もある」と述べています。実務・試験の双方で登場する典型例を整理します。

特殊な事情取引価格への影響の向き補正の方向
売り急ぎ(資金繰り・転勤・相続税納付等)正常価格より低い上方に補正
買い進み(どうしても取得したい買主)正常価格より高い下方に補正
親族間・関連会社間の取引時価と乖離(双方向)乖離分を補正
借地権者と底地権者の間の取引当事者間の特殊な利害を反映原則として限定価格の領域。正常価格の事例には使わない
隣接地の併合を目的とした取引増分価値が上乗せされ高い増分価値を除去
競売・任意売却等の特殊な売却正常価格より低い上方に補正。程度によっては選択自体を回避

実務では、事情補正が必要かどうかの判断そのものが難所です。取引価格が周辺水準と乖離しているとき、それが「特殊な事情」なのか、それとも「単に個別的要因が異なるだけ」なのかを切り分ける必要があります。取引当事者への聴取が可能なら行いますが、常にできるとは限りません。補正の根拠を十分に説明できない事例は、無理に補正せず選択から外すというのが基本姿勢です。事情補正の具体例と実務上の判断は事情補正とは?特殊事情の排除方法でさらに詳しく扱っています。

時点修正の意義

取引が成立した時点(取引時点)と、鑑定評価が価格判定の基準とする時点(価格時点)にはズレがあるのが通常です。この間の価格水準の変動を反映させる作業が時点修正です。

取引事例等に係る取引等の時点が価格時点と異なることにより、その間に価格水準に変動があると認められる場合には、当該取引事例等の価格等を価格時点の価格等に修正しなければならない。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

条文をよく読むと、「時点が異なること」だけでは足りず、「その間に価格水準に変動があると認められる」ことが要件になっています。時点が異なっていても価格水準が横ばいであれば、修正率は100/100、すなわち実質的に修正なしです。「取引時点と価格時点が異なる場合には必ず時点修正を行わなければならない」という肢は、この点で誤りとされる余地があります。

時点修正に使う変動率

基準は、時点修正に用いる変動率の求め方まで指定しています。

時点修正に当たっては、事例に係る不動産の存する用途的地域又は当該地域と相似の価格変動過程を経たと認められる類似の地域における土地又は建物の価格の変動率を求め、これにより取引価格を修正すべきである。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

ここで押さえるべきは、変動率を採る地域が「対象不動産の存する地域」ではなく「事例に係る不動産の存する用途的地域」だという点です。時点修正は、あくまで「その事例の価格が、その事例の場所で、価格時点までにどう動いたか」を反映する作業だからです。場所の差を埋めるのは、この後の地域要因の比較の役割であって、時点修正の役割ではありません。ここを混同すると、格差を二重に反映してしまいます。

実務で用いる資料としては、次のようなものがあります。

  • 地価公示価格・都道府県地価調査価格の推移:同一地点の継続的な価格を追える公的指標
  • 不動産価格指数:国土交通省が公表する市場動向の指数
  • 市場参加者へのヒアリング・取引動向データ:公的指標が実勢を捉えきれない局面での補完

具体的な算定方法は時点修正の方法|地価指数・公示価格の活用法、概念の整理は時点修正とは?時点修正率の求め方にまとめています。

事情補正と時点修正の違い(短答のひっかけ)

この2つは名前も並びも似ているため、入れ替えた肢が定番の出題パターンになっています。違いを表で固定してください。

事情補正時点修正
何のズレを直すか取引「事情」のズレ取引「時点」のズレ
直した後の状態取引時点における正常な取引価格価格時点における価格
要件特殊な事情が価格に影響を及ぼしているとき時点が異なり、かつ価格水準に変動があると認められるとき
根拠資料当事者への聴取、取引の経緯、周辺水準との比較地価公示・地価調査・不動産価格指数・市場動向
できないとき選択要件(2)を満たさず、事例から除外選択要件(3)を満たさず、事例から除外

そして順序です。基準の定義文は「事情補正及び時点修正」の順であり、これには論理的な理由があります。事情補正は「取引時点における正常な価格」を復元する作業であり、時点修正は「取引時点の価格を価格時点に引き直す」作業だからです。時点修正の出発点は正常な価格でなければならないので、事情補正が先に来ます。

ただし注意してほしいのは、両者は乗算なので、順序を入れ替えても計算結果自体は変わらないという点です。それでも順序が問われるのは、数値ではなく意味が違うからです。「計算結果が同じだから順序はどちらでもよい」という肢は、この理由づけができていれば誤りと判断できます。論文では「事情補正により取引時点における正常価格を求め、これに時点修正を施して価格時点の価格を得る」という順序の意味まで書き切りたいところです。


地域要因の比較と個別的要因の比較

基準の規定

事情補正・時点修正を経て「価格時点における正常な取引価格」が得られたら、次は場所の差と物件の差を埋めます。

取引価格は、取引事例に係る不動産の存する用途的地域の地域要因及び当該不動産の個別的要因を反映しているものであるから、取引事例に係る不動産が同一需給圏内の類似地域等に存するもの又は同一需給圏内の代替競争不動産である場合においては、近隣地域と当該事例に係る不動産の存する地域との地域要因の比較及び対象不動産と当該事例に係る不動産との個別的要因の比較を、取引事例に係る不動産が近隣地域に存するものである場合においては、対象不動産と当該事例に係る不動産との個別的要因の比較をそれぞれ行うものとする。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

長い条文ですが、事例がどこにあるかで、やる作業が変わるという一点に集約されます。

近隣地域内の事例なら地域要因の比較は行わない

上の条文を場合分けすると、次のようになります。

事例の所在地域要因の比較個別的要因の比較
近隣地域内行わない行う
同一需給圏内の類似地域等行う(近隣地域との比較)行う
同一需給圏内の代替競争不動産行う(近隣地域との比較)行う

これは短答式で非常によく問われる論点です。理由は単純で、近隣地域内の事例であれば、対象不動産と地域要因が同一だからです。同じ地域に属する以上、街路条件も交通・接近条件も環境条件も行政的条件も共通しており、比較すべき格差が存在しません。存在しない格差を「100/100」と書くことに意味はなく、基準も近隣地域内の事例については「対象不動産と当該事例に係る不動産との個別的要因の比較」だけを挙げています。

「取引事例が近隣地域内に存する場合であっても、地域要因の比較を行わなければならない」という肢は誤りです。逆に「類似地域の事例については個別的要因の比較を省略できる」という肢も誤りで、個別的要因の比較はどの場合でも必要です。近隣地域と類似地域の関係そのものは近隣地域と類似地域とは?、地域の捉え方全般は地域分析と個別分析の手順で確認してください。

地域要因とは何か

地域要因とは、その地域の特性を形成し、地域内の不動産の価格水準に影響を与える要因です。用途的地域の種類によって、比較すべき項目が変わります。

用途的地域主に比較する地域要因
住宅地域街路条件(幅員・系統)、交通・接近条件(駅距離・商業施設・学校)、環境条件(日照・眺望・上下水道・危険施設の有無)、行政的条件(用途地域・建ぺい率・容積率)
商業地域商業背後地・顧客の質と量、繁華性の程度、顧客の流動性、営業の種別と競争の状態、交通・接近条件、行政的条件
工業地域幹線道路・港湾・鉄道等への接近性(輸送条件)、労働力確保の難易、動力資源、関連産業との位置関係、行政的条件

住宅地域の判定要素をそのまま商業地域に持ち込む、といった混同は答案で目立ちます。要因の全体像は価格形成要因とは?一般的要因・地域要因・個別的要因にまとめています。

個別的要因とは何か

個別的要因は、その不動産に個別性を生じさせ、価格を個別的に形成する要因です。土地についての代表的な項目は次のとおりです。

  • 画地条件:間口、奥行、地積、形状(整形・不整形)、角地・準角地、接面街路との位置関係、高低差
  • 街路条件:接面街路の幅員、構造、舗装、系統・連続性
  • 接近条件:最寄駅・商業施設・学校等への距離
  • 環境条件:日照、通風、眺望、隣接不動産の状況、危険施設の有無
  • 行政的条件:用途地域、建ぺい率・容積率、高度地区、その他の公法上の規制

標準化補正という「もう一つの方法」

多くのテキストは、地域要因の比較の前段として標準化補正を説明します。取引事例の個別的要因を、その事例が存する地域の標準的な画地の水準に戻す補正のことです。

基準は、この点を次のように述べています。

また、このほか地域要因及び個別的要因の比較については、それぞれの地域における個別的要因が標準的な土地を設定して行う方法がある。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

注意してほしいのは、基準の書きぶりが「方法がある」であって「行わなければならない」ではないことです。標準化補正は必須の手順ではなく、要因比較を実行するための一つの方法として位置づけられています。実務ではほぼ標準的に使われる方法ですが、「基準は標準化補正を義務づけている」と書くと、条文の読み方としては不正確です。

とはいえ、この方法が広く使われるのには理由があります。事例の個別性と地域の格差を同時に比べようとすると比較が複雑になりますが、いったん「事例地域の標準的な土地」という共通の物差しに揃えてしまえば、地域どうしの比較が地域要因だけの純粋な比較になるからです。

標準化補正から個別格差修正までの流れ

標準的な土地を設定する方法を採った場合、価格の引き直しは次の4段階を通ります。

  1. 事例の価格(事例の地域・事例の個別性を反映した価格)
  2. 標準化補正事例地域の標準的な土地の価格
  3. 地域要因の比較近隣地域の標準的な土地の価格
  4. 個別的要因の比較(個別格差修正)対象不動産の価格

「事例の個別性 → 事例地域の標準 → 近隣地域の標準 → 対象不動産の個別性」と、いったん標準まで上がってから対象へ降りていく往復運動になっているのが特徴です。この論理構造を言葉で説明できるかどうかが、論文式での差になります。

なお、事例が近隣地域内にある場合は、ステップ3が不要になるため「事例の個別性 → 近隣地域の標準 → 対象不動産の個別性」と短縮されます。


比準価格を求める通しの計算例

ここまでの手順を、実際の数値で通します。架空の設例ですが、格差率の向き(掛けるのか割るのか)を体で覚えるのに最も効く練習です。

設例

対象不動産:住宅地域内の更地、地積200㎡(間口10m×奥行20m)。近隣地域の標準的画地(間口12m×奥行15m、180㎡)と比べると奥行が長く、個別的要因は標準を100として97と判定。
価格時点:X年7月1日。

事例A(近隣地域内の更地)

項目内容
取引総額/地積64,000,000円 ÷ 200㎡ = 320,000円/㎡
取引時点X年1月1日(6か月前)
事情正常(補正不要)
価格水準の変動近隣地域で6か月間に+2%
事例の個別的要因角地のため標準を100として105
地域要因近隣地域内のため比較を行わない
$$320{,}000 \times \frac{100}{100} \times \frac{102}{100} \times \frac{100}{105} \times \frac{97}{100} = 301{,}531$$

段階を追うと次のとおりです。

段階計算結果(円/㎡)
事例の取引単価320,000
時点修正(×102/100)320,000×1.02326,400
標準化補正(×100/105)326,400÷1.05310,857
個別格差修正(×97/100)310,857×0.97301,531

→ 事例Aからの試算単価は約301,500円/㎡

事例B(同一需給圏内の類似地域の更地)

項目内容
取引総額/地積66,000,000円 ÷ 240㎡ = 275,000円/㎡
取引時点前年7月1日(12か月前)
事情売主の転勤による売り急ぎ。正常価格の95%相当と判断
価格水準の変動当該類似地域で12か月間に+4%
事例の個別的要因標準を100として102
地域要因近隣地域を100として、当該類似地域は98
段階計算結果(円/㎡)
事例の取引単価275,000
事情補正(×100/95)275,000÷0.95289,474
時点修正(×104/100)289,474×1.04301,053
標準化補正(×100/102)301,053÷1.02295,150
地域要因の比較(×100/98)295,150÷0.98301,173
個別格差修正(×97/100)301,173×0.97292,138

→ 事例Bからの試算単価は約292,100円/㎡

ここで格差率の向きを確認しておきます。事情補正から個別格差修正まで、すべての段階は「分子に行き先、分母に出発点」の分数を掛ける形に統一できます。事例Bで確かめてください。事情補正は、売り急ぎで安く成立した価格(95)を正常な水準(100)へ戻すので100/95。標準化補正は、標準より優れた事例の画地(102)を事例地域の標準(100)へ戻すので100/102。地域要因の比較は、近隣地域より劣る類似地域(98)から近隣地域(100)へ移すので100/98。個別格差修正は、近隣地域の標準(100)から対象不動産(97)へ移すので97/100です。

この形で覚えておけば、結果として「比較対象が優れていればその分だけ価格は下がり、劣っていれば上がる」という向きが自動的に出てきます。優劣を先に考えて掛けるか割るかを判断しようとすると、事情補正のように優劣の話ではない段階で迷うので、常に出発点と行き先を書き出すほうが確実です。

事例C(近隣地域内の建物及びその敷地/配分法を適用)

項目内容
取引総額79,000,000円(土地220㎡+築古建物)
建物の価格8,600,000円と判明
配分法による土地部分79,000,000 − 8,600,000 = 70,400,000円 → ÷220㎡ = 320,000円/㎡
取引時点X年4月1日(3か月前)
事情正常
価格水準の変動近隣地域で3か月間に+1%
事例の個別的要因標準的(100)
地域要因近隣地域内のため比較を行わない
$$320{,}000 \times \frac{101}{100} \times \frac{100}{100} \times \frac{97}{100} = 313{,}504$$

→ 事例Cからの試算単価は約313,500円/㎡

比較考量して比準価格を決定する

3つの事例から得られた試算単価を並べます。

事例試算単価経由した判断の数信頼性の評価
A301,500円/㎡時点修正・標準化補正・個別格差近隣地域内・直近・事情正常。最も信頼できる
B292,100円/㎡事情補正・時点修正・標準化補正・地域要因・個別格差事情補正率と地域格差の判定という2つの追加的な判断を含む
C313,500円/㎡配分法・時点修正・個別格差近隣地域内・直近だが、建物価格の判定に不確実性

ここで単純平均を採ると302,367円/㎡になりますが、基準は平均せよとは言っていません。定義文の「比較考量」とは、各事例の信頼性の差を踏まえた総合判断を意味します。

この設例では、近隣地域内にあり事情補正も地域要因の比較も要しない事例Aを中心に据えるのが妥当です。事例Bは事情補正率5%の判定と地域格差2%の判定という2段階の主観的判断を経ており、事例Cは建物価格8,600,000円という控除額の妥当性に結果が左右されます。その2つがAを上下から挟む位置にあることは、Aの水準を裏づける材料になります。

以上を総合して、比準価格を302,000円/㎡と判定します。対象不動産の地積は200㎡なので、

$$302{,}000 \text{円/㎡} \times 200\text{㎡} = 60{,}400{,}000\text{円}$$

結果として単純平均に近い値になりましたが、これは平均を採った結果ではなく、Aを中心とした判断の結果がたまたま近かったにすぎません。この違いを説明できることが、比較考量を理解しているということです。

試算単価のばらつきをどう読むか

この設例では最高値と最安値の差が約7%に収まりました。実務では、試算価格のばらつきが大きい(おおむね10%を超える)場合、事例選択か要因判定のどこかに問題があると考えるのが健全です。ばらつきの原因としては、そもそも同一需給圏の把握が広すぎた、事情補正率の判定が甘かった、地域要因の格差を過小に見た、といったものが典型です。ばらつきを平均で押し均すのではなく、原因を特定して要因判定に戻るのが正しい対処です。


配分法と更地の評価

配分法とは

取引事例比較法を適用したいのに、手に入る事例が「土地+建物」の複合不動産ばかり、というのは実務でごく普通に起こります。この場合に、複合不動産の取引価格から対象不動産と同類型の部分(多くは土地)を取り出す方法が配分法です。

取引事例が対象不動産と同類型の不動産の部分を内包して複合的に構成されている異類型の不動産に係る場合においては、当該取引事例の取引価格から対象不動産と同類型の不動産以外の部分の価格が取引価格等により判明しているときは、その価格を控除し、又は当該取引事例について各構成部分の価格の割合が取引価格、新規投資等により判明しているときは、当該事例の取引価格に対象不動産と同類型の不動産の部分に係る構成割合を乗じて、対象不動産の類型に係る事例資料を求めるものとする(この方法を配分法という。)。
不動産鑑定評価基準 総論第7章

条文が長いので、方式ごとに整理します。

方式適用できる条件計算
控除方式対象不動産と同類型以外の部分の価格が判明しているとき取引価格 − 他部分の価格
構成割合方式各構成部分の価格の割合が判明しているとき取引価格 × 同類型部分の構成割合

前掲の計算例の事例Cは控除方式です。79,000,000円の総額から建物価格8,600,000円を控除して土地部分70,400,000円を求めました。構成割合方式であれば、たとえば「土地:建物=89:11」と判明している場合に、79,000,000×0.89=70,310,000円を土地部分とします。同じ事例でも、依拠する資料が「建物の価格」なのか「構成割合」なのかによって結果は完全には一致しません。どちらの方式を採ったのか、その割合や価格の根拠が何なのかを明示することが求められます。

配分法で押さえるべき出題ポイントは次の3つです。

  1. 配分法は取引事例比較法の適用方法の一つとして基準に規定されている(独立した手法ではない)
  2. 割合の根拠は「取引価格、新規投資等により判明している」ことが必要で、任意に割り振ってよいわけではない
  3. 控除・按分する部分の価格判定に誤りがあれば、そのまま事例資料の誤りになる(事例Cの信頼性を一段下げたのはこの理由)

配分法の詳細は配分法とは?控除方式と構成割合方式にまとめています。

更地の鑑定評価における位置づけ

配分法が効いてくる典型が更地の評価です。基準は各論第1章で、更地の鑑定評価額の求め方を次のように定めています。

更地の鑑定評価額は、更地並びに配分法が適用できる場合における建物及びその敷地の取引事例に基づく比準価格並びに土地残余法による収益価格を関連づけて決定するものとする。再調達原価が把握できる場合には、積算価格をも関連づけて決定すべきである。
不動産鑑定評価基準 各論第1章

この一文は更地評価の骨格そのものです。分解すると次のようになります。

試算価格求める手法条件
比準価格取引事例比較法(更地の取引事例+配分法適用可能な建物及びその敷地の取引事例)
収益価格収益還元法のうち土地残余法
積算価格原価法再調達原価が把握できる場合
(比較考量)開発法面積が近隣地域の標準的な土地に比べて大きい場合等

注目すべきは、比準価格と収益価格は無条件で「関連づけて決定するものとする」とされているのに対し、積算価格は「再調達原価が把握できる場合には」という条件付きである点です。既成市街地の更地では素地価格と造成費を分解して再調達原価を把握することが難しく、原価法の適用が限られるためです。この差は短答式で狙われます。

つまり更地の評価においては、取引事例比較法が比準価格を、収益還元法の一適用方法である土地残余法が収益価格を担い、両者を突き合わせるのが基本形です。面積が大きい場合にはさらに開発法を比較考量します。

取引事例比較法と土地残余法は競合する手法ではなく、更地の評価で並び立つ2本の柱である、と押さえてください。「配分法は土地残余法の一種である」といった混同は誤りで、配分法は取引事例比較法の適用方法、土地残余法は収益還元法の適用方法です。


三方式の中での位置づけ

三手法の比較

取引事例比較法は単独で完結する手法ではありません。三手法の性格の違いを整理します。

原価法取引事例比較法収益還元法
着目する側面費用性市場性収益性
試算価格の名称積算価格比準価格収益価格
反映する原則代替の原則・均衡の原則代替の原則・需要と供給の原則収益逓増逓減・予測の原則
出発点となる数値再調達原価取引事例の取引価格純収益
中心となる作業減価修正事情補正・時点修正・要因の比較還元利回り・割引率の判定
有効な場面建物・建物及びその敷地。土地でも再調達原価を適切に求められるとき近隣地域等に類似不動産の取引がある場合賃貸用不動産・事業用不動産
適用が難しい場面既成市街地の土地事例のない地域・特殊物件純収益の把握が困難な自用不動産(ただし賃貸を想定して適用)

三手法の全体像は鑑定評価の三方式、それぞれの詳細は原価法収益還元法を参照してください。

なぜ併用するのか

基準は試算価格の調整について、総論第8章で「客観的、批判的に再吟味し、その結果を踏まえた各試算価格又は各試算賃料が有する説得力の違いを適切に反映する」ことを求めています。ここでも重要なのは、説得力に差があることを前提にしている点です。

取引事例比較法は市場の実勢を直接反映しますが、それは同時に市場の歪みも直接反映するということです。基準が収益還元法について「市場における不動産の取引価格の上昇が著しいときは、取引価格と収益価格との乖離が増大するものであるので、先走りがちな取引価格に対する有力な験証手段として、この手法が活用されるべきである」と述べているのは、まさに比準価格の弱点を収益価格で検証せよという指示です。

  • 比準価格が収益価格を大きく上回る → 市場が過熱している可能性
  • 比準価格が積算価格を大きく下回る → 市場性の減退(経済的減価)の可能性

このように、比準価格は他の試算価格との関係で読むものです。詳しくは試算価格の調整とは?3手法の結果をまとめる方法を参照してください。


試験での出題ポイント

短答式で繰り返される肢のパターン

短答式では、次の8パターンが繰り返し形を変えて出題されます。誤りの作り方まで把握しておくと、初見の肢でも切れるようになります。

#論点典型的な誤りの肢正しい理解
1投機的取引「事情補正を行えば取引事例として採用できる」補正の対象ではなく、選択の段階で排除する
2選択要件「主要な要件を満たしていれば足りる」「いずれかを満たせばよい」要件の全部を備えるものから選択する
3近隣地域内の事例「近隣地域内の事例でも地域要因の比較を行う」個別的要因の比較のみを行う
4個別的要因の比較「類似地域の事例では個別的要因の比較を省略できる」個別的要因の比較は常に必要
5事情補正と時点修正定義を入れ替える(「事情補正とは時点のズレを直すこと」)事情=取引事情、時点=時間のズレ
6調達先の条件「周辺の地域の事例は最有効使用が標準的使用と異なる場合に使える」周辺の地域は「必要やむを得ない場合」、代替競争不動産が「最有効使用が標準的使用と異なる場合等」
7試算価格の名称「取引事例比較法により求めた試算価格を積算価格という」比準価格(積算価格は原価法、収益価格は収益還元法)
8時点修正の変動率「対象不動産の存する地域の変動率を用いる」事例に係る不動産の存する用途的地域(又は相似の価格変動過程を経た類似の地域)の変動率

論文式で書くべきこと

論文式では、以下の論述が求められます。手順の列挙だけでは点になりません。各手順の「なぜ」を書けるかが分岐点です。

  • 定義と適用手順の体系的説明:定義文を正確に示したうえで、事例の収集・選択から比準価格の決定までを順に説明する
  • 選択要件の趣旨:4要件が後続の手順(事情補正・時点修正・要因比較)の実行可能性を担保するものであること
  • 事情補正と時点修正の意義と順序:事情補正により取引時点における正常価格を求め、時点修正により価格時点の価格に引き直すという論理の流れ
  • 地域要因の比較を要しない場合とその理由:近隣地域内の事例は対象不動産と地域要因が同一であること
  • 標準化補正の意義:事例の個別性をいったん地域の標準に戻すことで、地域どうしの比較を純化できること
  • 比較考量の意味:単純平均ではなく、各事例の信頼性の差を踏まえた総合判断であること
  • 特徴と限界の対比:市場性に着目する手法としての強みと、事例の存在に依存するという弱み

暗記の優先順位

限られた時間で最大の得点を取るなら、次の順で固定してください。

  1. 定義文の逐語暗記(「まず多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い…」)
  2. 選択要件4つ(所在/事情/時点修正の可能性/要因比較の可能性)と「全部を備える」
  3. 投機的取引は排除(補正ではない)
  4. 近隣地域内の事例は個別的要因の比較のみ
  5. 適用手順の順序(収集・選択→事情補正→時点修正→標準化補正→地域要因の比較→個別格差修正→比較考量→比準価格)
  6. 試算価格3つの名称対応(積算・比準・収益)
  7. 配分法の2方式(控除方式・構成割合方式)
  8. 更地の評価の骨格(比準価格+土地残余法による収益価格、条件付きで積算価格、面積が大きければ開発法)

実務での限界と対処

試験対策としては手順の正確さが問われますが、実務ではしばしば「そもそも事例がない」という問題に突き当たります。想定される場面と対処を整理します。

事例が乏しい地域

過疎地域や取引の少ない用途では、選択要件を満たす事例が数件しか集まらないことがあります。この場合の対処は次の順です。

  1. 同一需給圏の再検討:同一需給圏の範囲設定が狭すぎないかを見直す。ただし需給圏を安易に広げると代替・競争関係が失われ、事例の質が落ちる
  2. 必要やむを得ない場合の周辺地域:基準が認める調達先を使う。ただし「必要やむを得ない」の理由を鑑定評価報告書に記載する
  3. 他手法へのウエイト移行:事例が不足している事実を前提に、収益価格・積算価格の説得力を相対的に重く見る

大事なのは、事例が足りないのに無理に比準価格を作らないことです。試算価格の調整の段階で「比準価格の説得力は限定的」と判断し、その理由を明示するほうが評価として誠実です。

特殊物件

大規模工場、ホテル、病院、それに研究所のような物件では、そもそも比較可能な取引事例がほとんど存在しません。この領域では収益還元法や原価法が中心になり、取引事例比較法は補完的な位置づけにとどまります。

ただし、市場性が乏しいことと、市場性がないこととは区別してください。基準は収益還元法について「文化財の指定を受けた建造物等の一般的に市場性を有しない不動産以外のものには基本的にすべて適用すべきものであり」と述べており、文化財等はそもそも収益還元法の適用対象からも外れています。こうした不動産は正常価格ではなく特殊価格(文化財等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況等を前提とした不動産の経済価値を適正に表示する価格)の領域に入ります。事例が乏しいだけの物件と、そもそも市場性を欠く物件とでは、適用できる手法も求めるべき価格の種類も異なります。

取引事情の把握の難しさ

登記情報から把握できるのは所有権移転の事実であって、価格でも事情でもありません。取引価格そのものの把握、さらに「なぜその価格になったのか」という事情の把握には、当事者への聴取や仲介業者からの情報収集が必要になります。事情を確認できていない事例について「事情は正常であった」と推定することは、選択要件(2)の判断を省略することと同じです。この点は事例調査の質に直結します。具体的な調査手法は事例調査の方法を参照してください。

市場が変動している局面

取引時点から価格時点までの間に市場の局面が変わっている場合、時点修正率の判定は一気に難しくなります。地価公示や不動産価格指数は公表に時間差があり、直近の転換点を捉えきれないことがあるためです。この局面では、取引時点の新しい事例を優先的に採用することが最も確実な対処になります。時点修正の期間が短ければ、修正率の判定誤差が結果に与える影響も小さくなるからです。


よくある質問(FAQ)

Q. 事情補正と時点修正はどちらを先に行いますか

事情補正が先です。事情補正は「取引時点における正常な取引価格」を復元する作業であり、時点修正はその正常な価格を価格時点に引き直す作業だからです。基準の定義文も「事情補正及び時点修正」の順で書かれています。なお両者は乗算なので計算結果は順序に依存しませんが、意味が異なるため順序は問われます。

Q. 近隣地域内の取引事例でも地域要因の比較は必要ですか

不要です。基準は、取引事例が近隣地域に存する場合には「対象不動産と当該事例に係る不動産との個別的要因の比較」を行うとしています。近隣地域内であれば対象不動産と地域要因が同一であり、比較すべき格差が存在しないためです。ただし個別的要因の比較は必要です。

Q. 標準化補正は必ず行わなければならないのですか

基準の書きぶりは「それぞれの地域における個別的要因が標準的な土地を設定して行う方法がある」であり、義務ではなく一つの方法という位置づけです。実務では広く用いられる方法ですが、「基準が標準化補正を義務づけている」と書くのは条文の読み方として不正確です。

Q. 取引事例は何件あればよいのですか

基準は「多数の取引事例を収集することが必要である」と述べるのみで、具体的な件数は定めていません。ただし収集の段階で多数を集め、選択の段階で要件を満たすものに絞るという二段構えが前提です。実務では複数の事例から試算価格を求め、その水準が整合しているかを確認できる程度の数が求められます。

Q. 投機的取引の事例は事情補正で使えるようになりますか

なりません。基準は「投機的取引であると認められる事例等適正さを欠くものであってはならない」として、選択の段階で排除しています。事情補正は「正常なものに補正することができる」事例に対して行う作業であり、適正さを欠く事例には及びません。短答式の定番の誤り肢です。

Q. 建物付きの取引事例しかない場合、更地の評価はできますか

配分法を適用すればできます。取引価格から建物部分の価格を控除する(控除方式)、または構成割合を乗じる(構成割合方式)ことで、土地部分に係る事例資料を求めます。基準も更地の鑑定評価額について「更地並びに配分法が適用できる場合における建物及びその敷地の取引事例に基づく比準価格」と明記しています。

Q. 複数の事例から出た価格は平均すればよいのですか

平均ではありません。基準の定義文にある「比較考量」は、各事例の信頼性の差を踏まえた総合判断を意味します。近隣地域内の直近の事例と、事情補正と地域格差の判定を経た遠方の事例を同じ重みで扱うことは合理的ではありません。ただし試算価格のばらつきが大きすぎる場合は、平均で押し均すのではなく事例選択や要因判定に戻るべきです。

Q. 比準価格と取引価格はどう違うのですか

取引価格は過去に実際に成立した個別の価格、比準価格は取引事例比較法によって求められた対象不動産の試算価格です。取引価格に事情補正・時点修正・要因の比較を施し、複数事例を比較考量した結果が比準価格です。したがって比準価格は、そのままでは鑑定評価額でもありません。他の試算価格と調整したうえで鑑定評価額が決定されます。

Q. 時点修正の変動率はどの地域のものを使いますか

事例に係る不動産の存する用途的地域、または当該地域と相似の価格変動過程を経たと認められる類似の地域の変動率です。対象不動産の存する地域ではありません。場所の差は地域要因の比較で反映するため、時点修正で対象地域の変動率を使うと格差を二重に反映してしまいます。


まとめ

取引事例比較法は、不動産の市場性に着目し、実際の取引事例を基礎として対象不動産の比準価格を求める手法です。本記事の要点を整理します。

  • 定義文の「必要に応じて」がかかるのは事情補正と時点修正まで。地域要因・個別的要因の比較は原則として必ず行う
  • 事例の調達先は近隣地域・同一需給圏内の類似地域(原則)/周辺の地域(必要やむを得ない場合)/同一需給圏内の代替競争不動産(最有効使用が標準的使用と異なる場合等)の3段階
  • 選択要件は所在・事情・時点修正の可能性・要因比較の可能性の4つで、全部を備えることが必要
  • 投機的取引は事情補正の対象ではなく、選択の段階で排除する
  • 事情補正が先、時点修正が後。乗算なので数値は変わらないが、意味が違うため順序が問われる
  • 時点修正の変動率は事例の存する用途的地域のものを使う
  • 近隣地域内の事例は地域要因の比較を行わない(個別的要因の比較のみ)
  • 標準化補正は基準上「方法がある」という位置づけで、義務ではない
  • 格差率は分子に行き先、分母に出発点。事例が優れていれば割り、劣っていれば掛ける
  • 比較考量は単純平均ではない。事例ごとの信頼性の差を反映した総合判断
  • 複合不動産の事例からは配分法(控除方式/構成割合方式)で同類型部分を取り出す
  • 更地の評価では、比準価格と土地残余法による収益価格を関連づけ、再調達原価が把握できれば積算価格も加える

学習の順序としては、まず定義文を逐語で固め、次に選択要件と手順の対応関係を押さえ、最後に本記事の計算例のような数値問題で格差率の向きを体に入れる、という流れが最短です。特に格差率の向きは、頭で理解していても本番で反転しがちな箇所なので、自分で設例を作って手を動かしてください。

取引事例比較法を得点源にする

関連記事:鑑定評価の三方式事情補正とは時点修正とは比準価格とは配分法とは

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