スライド法とは?不動産鑑定の継続賃料評価における変動率の求め方と計算方法
スライド法は直近合意時点の純賃料に変動率を乗じて継続賃料を求める手法です。変動率の査定に使う5つの指標(地価・物価・所得水準等)、原則的方法と直接法の2つの計算例、必要諸経費等の取扱いを基準原文付きで解説します。
スライド法とは
不動産鑑定士試験において、スライド法は継続賃料を求める4つの手法の一つです。直近合意時点における純賃料に変動率を乗じ、価格時点における必要諸経費等を加算して試算賃料を求めます。
スライド法という名称は、過去のある時点で当事者が合意した賃料を出発点とし、その後の経済情勢の変化に応じて賃料水準を「スライド(移動・調整)」させるという発想に由来します。賃料は一度合意されると数年間据え置かれることが多く、その間に地価や物価、所得水準が変動すれば、当初の合意賃料は次第に実態とずれていきます。このずれを変動率という一つの係数で捕捉し、賃料を現在の水準へ引き直すのがスライド法の基本的な考え方です。
「率スライドとは何か」という疑問を持って本記事にたどり着いた読者も多いと思いますが、率スライドとは、賃料を一定の指数や率の変動に連動させて改定する方式を指す実務上の呼び方です。鑑定評価上のスライド法は、その率スライドの考え方を継続賃料の試算に体系化したものと理解すると整理しやすいでしょう。
スライド法は、直近合意時点における純賃料に変動率を乗じて得た額に価格時点における必要諸経費等を加算して試算賃料を求める手法である。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第2節
数式で表すと次のとおりです。
スライド法が前提とする考え方
直近合意時点とは
スライド法を理解するうえで最初に押さえるべきは「直近合意時点」という概念です。直近合意時点とは、実際支払賃料を定めた直近の時点、すなわち当事者が現行賃料について最後に合意した時点を指します。当初の契約締結時とは限らず、その後に賃料改定の合意があれば、その改定時点が直近合意時点となります。
スライド法は、この直近合意時点の賃料が「その時点では当事者間で適正と認められて合意されたもの」であることを前提に、合意後の経済情勢の変化分だけを変動率で反映させます。したがって、直近合意時点の賃料そのものの妥当性は問わず、その後の変化に着目するという構造になっています。
なぜ純賃料に変動率を乗じるのか
スライド法の原則的方法では、実質賃料ではなく純賃料に変動率を乗じます。これは、賃料を構成する純賃料部分と必要諸経費等部分とで、変動の性質が異なるためです。
純賃料は元本(基礎価格)に対する果実としての性格を持ち、地価・物価・所得水準といったマクロの経済情勢の変化に連動して動きます。一方、必要諸経費等は公租公課・維持管理費・損害保険料など実費的な項目で構成され、価格時点における実額を直接把握できます。経済情勢の変動率をそのまま必要諸経費等に乗じると、実費の実態と乖離するおそれがあるため、変動率は純賃料にのみ適用し、必要諸経費等は価格時点の実額を別途加算するのです。
| 賃料の構成要素 | 性格 | スライド法での扱い |
|---|---|---|
| 純賃料 | 元本に対する果実。経済情勢に連動 | 変動率を乗じる |
| 必要諸経費等 | 実費的項目。価格時点で実額把握可能 | 価格時点の実額を加算 |
スライド法の特徴
直接法による簡便な方法
基準は、スライド法の簡便な方法として、実際賃料そのものに変動率を乗じて直接求める方法も認めています。
なお、直近合意時点における実際実質賃料又は実際支払賃料に即応する適切な変動率が求められる場合には、当該変動率を乗じて得た額を試算賃料として直接求めることができるものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第2節
| 方法 | 算定式 |
|---|---|
| 原則的方法 | 直近合意時点の純賃料 × 変動率 + 価格時点の必要諸経費等 |
| 直接法 | 直近合意時点の実際実質賃料(又は実際支払賃料)× 変動率 |
直接法は、実質賃料全体に対して適切な変動率が求められる場合に適用可能であり、純賃料と必要諸経費等を分離する必要がないため計算が簡便です。
ここで注意したいのは、直接法は「実際実質賃料に即応する適切な変動率が求められる場合」という条件付きである点です。必要諸経費等を含む賃料全体が、純賃料部分と同じ率で変動するとは限りません。たとえば公租公課が大きく変動した期間では、純賃料の変動率と賃料全体の変動率が乖離します。直接法は計算が簡便である一方、必要諸経費等の変動を純賃料と一括りに扱うことになるため、必要諸経費等が安定的に推移している、あるいは賃料全体に妥当する変動率が信頼できる形で得られる場合に適していると整理できます。
原則的方法と直接法の使い分け
| 観点 | 原則的方法 | 直接法 |
|---|---|---|
| 変動率を乗じる対象 | 純賃料 | 実際実質賃料(又は実際支払賃料) |
| 必要諸経費等 | 価格時点の実額を別途加算 | 変動率に織り込み(分離しない) |
| 計算の手間 | 純賃料と諸経費の分離が必要 | 分離不要で簡便 |
| 適する場面 | 諸経費の変動を精緻に反映したいとき | 賃料全体に妥当な変動率が得られるとき |
実際実質賃料と実際支払賃料
直接法の条文には「実際実質賃料又は実際支払賃料」という表現が登場します。両者の違いも整理しておきましょう。実際支払賃料は、賃借人が現実に支払っている賃料(いわゆる家賃そのもの)です。これに対して実際実質賃料は、実際支払賃料に加えて、預り金的性格を持つ一時金の運用益や、賃料の前払的性格を持つ一時金の償却額などを加味して、実質的に賃貸人が受け取る経済的対価を表したものです。原則として鑑定評価では実質賃料を求めますが、契約上は支払賃料が問題となる場面も多く、対象に応じて使い分けられます。
他の継続賃料手法との比較
スライド法は、直近合意時点の賃料水準を前提として、その後の経済情勢等の変化を変動率によって反映させる手法です。直近合意時点の賃料が当事者間の合意として確定していることを前提に、その後の変動のみを反映させるという明快な構造を持ちます。
4手法を「何を着目点とするか」で整理すると理解が深まります。差額配分法は新規賃料(適正賃料)との差額に着目し、利回り法は基礎価格に対する利回りの継続性に着目し、賃貸事例比較法は市場の継続賃料事例に着目します。これに対してスライド法は、過去の合意賃料からの時間的変化に着目する点が特徴です。
率スライド法と差額配分法・利回り法の比較表
短答・論文の双方で問われやすいのが、各手法の着目点・必要資料・長所短所の違いです。横断的に整理しておきます。
| 比較項目 | スライド法(率スライド) | 差額配分法 | 利回り法 |
|---|---|---|---|
| 着目点 | 直近合意時点からの経済情勢の変動 | 新規賃料(適正賃料)と現行賃料の差額 | 基礎価格に対する利回りの継続性 |
| 出発点となる値 | 直近合意時点の純賃料 | 価格時点の正常賃料(積算・比準賃料) | 基礎価格 |
| 核心となる査定対象 | 変動率 | 差額のうち賃貸人・賃借人に配分すべき額 | 継続賃料利回り |
| 必要となる主な資料 | 各種経済指数・不動産インデックス | 新規賃料の試算資料、契約の経緯 | 基礎価格、過去の利回り推移 |
| 長所 | 出発点が確定し説明が明快 | 適正な市場水準を直接反映できる | 元本と果実の対応が明確 |
| 短所・限界 | 出発点の賃料水準は検証されない | 配分割合の判断に幅が出やすい | 基礎価格・利回りの査定に判断を要する |
スライド法は「変動分」を、差額配分法は「適正水準とのギャップ」を、利回り法は「元本に対する果実の率」を、それぞれ核心に据えている点を対比して覚えると区別がつきやすくなります。
実務での適用上の留意点
試験対策としても、手法を「現実にどう使うか」を理解しておくと応用問題に強くなります。スライド法を適用する際の実務的な留意点を整理します。
直近合意時点の特定と資料の確認
スライド法の出発点は直近合意時点の純賃料です。そのため、まず契約書や賃料改定の経緯を確認し、いつ・いくらで合意されたのかを正確に特定することが出発点になります。改定の合意が口頭であったり、覚書のみであったりするケースもあるため、合意の事実と金額の裏付け資料を確認することが欠かせません。
変動率の説明責任
変動率は単一の正解がある数値ではなく、どの指標をどの程度重視したかという判断の産物です。したがって、評価書では採用した指標とその根拠、加重の考え方を説明できる形にしておく必要があります。指標の選択や加重に恣意性があると、変動率全体の説得力が損なわれます。
必要諸経費等の最新化
原則的方法では必要諸経費等は価格時点の実額を用います。直近合意時点からの間に固定資産税の評価替えや税率改定、管理委託契約の変更があれば、価格時点の実態を反映させる必要があります。古い数値を流用すると試算賃料が実態とずれます。
他手法との整合性の確認
スライド法による試算賃料は、差額配分法・利回り法・賃貸事例比較法による試算賃料と並べて検討されます。各試算賃料が大きく乖離する場合は、変動率の査定や指標の選択に問題がないかを再点検し、説明可能な範囲に収れんさせる作業が求められます。
よくある誤解
スライド法は構造が単純に見えるため、かえって誤解が生じやすい手法です。代表的な誤解を整理します。
「変動率は地価変動率と同じ」という誤解
変動率は地価変動率そのものではありません。基準は土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数や不動産インデックスを総合的に勘案して求めるとしており、地価だけで決めるものではありません。地価指数は有力な手掛かりの一つにすぎない点を押さえましょう。
「実質賃料に変動率を乗じるのが原則」という誤解
原則的方法で変動率を乗じる対象は純賃料です。実質賃料(純賃料+必要諸経費等)全体に変動率を乗じるのは、実質賃料に即応する適切な変動率が得られる場合の直接法であり、例外的・簡便的な扱いです。原則と例外を取り違えないことが重要です。
「直近合意時点=当初契約時」という誤解
直近合意時点は、当初の契約締結時とは限りません。契約後に賃料改定の合意があれば、その最後の合意時点が直近合意時点となります。出発点を当初契約時に固定してしまうと、改定後の合意を無視した過大・過小な変動率になりかねません。
「必要諸経費等にも変動率がかかる」という誤解
原則的方法では、必要諸経費等に変動率は乗じません。必要諸経費等は価格時点の実額を別途加算します。変動率はあくまで純賃料に限って適用されるという構造を、計算手順の中で明確に意識する必要があります。
変動率の求め方
変動率はスライド法の核心であり、その査定が試算賃料の精度を左右します。
変動率は、直近合意時点から価格時点までの間における経済情勢等の変化に即応する変動分を表すものであり、継続賃料固有の価格形成要因に留意しつつ、土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数や整備された不動産インデックス等を総合的に勘案して求めるものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第2節
変動率の査定に用いる指標
| 指標 | 内容 |
|---|---|
| 土地価格の変動 | 地価公示、都道府県地価調査等による地価の推移 |
| 建物価格の変動 | 建設費指数等による建築費の推移 |
| 物価変動 | 消費者物価指数、GDPデフレーター等 |
| 所得水準の変動 | 賃金指数、国民所得の推移 |
| 不動産インデックス | 不動産投資収益指数等 |
これらの指標を総合的に勘案して変動率を求めます。一つの指標のみに依存するのではなく、複数の指標を比較検討することが重要です。
各指標を使うときの留意点
指標を漫然と並べるだけでは説得力のある変動率は得られません。それぞれの指標がどのような性質を持つかを理解したうえで、対象不動産の用途や賃料の性質に照らして重み付けすることが求められます。
- 地価指数は土地に帰属する賃料部分の変動をよく捉えますが、地価変動の局面では振れ幅が大きく、短期的な変動をそのまま賃料に反映させると過大・過小になりやすい点に留意します。
- 建設費指数は建物に帰属する賃料部分の変動を捉えるのに有用です。土地建物一体の賃料では、土地と建物の構成比に応じて地価指数と建設費指数を加重することが考えられます。
- 消費者物価指数(CPI)やGDPデフレーターは経済全体の物価水準を示し、賃料の一般的な購買力の維持という観点から重視されます。
- 賃金指数・国民所得は、賃料の支払能力(負担力)の変化を反映する観点から参照されます。
- 不動産インデックスは、賃料そのものや不動産投資の収益性の推移を直接示すため、対象との類似性が高ければ有力な手掛かりとなります。
変動率の考え方を数式で整理する
変動率は、ある指標について直近合意時点の値を分母、価格時点の値を分子とした比として把握するのが基本です。たとえばある指数について次のように表せます。
複数の指標を用いる場合は、各指標から得られた個別の変動率を、対象不動産の特性に応じて加重平均するなどして総合的に判断します。たとえば土地構成比を $w_L$、建物構成比を $w_B$ とすれば、概念的には次のような加重も考えられます。
ただし基準は機械的な算式を定めているわけではなく、あくまで各種指数等を「総合的に勘案して求める」としている点に注意が必要です。
継続賃料固有の価格形成要因への留意
変動率の査定に際しては、継続賃料固有の特殊性に留意する必要があります。継続賃料は、既存の賃貸借契約の当事者間における賃料であり、新規に募集する賃料とは異なる固有の事情を抱えます。たとえば、当事者間の信頼関係、契約締結の経緯、これまでの賃料改定の経緯、契約の継続を前提とした安定性などが、純粋な経済指標の変動とは別に賃料に影響します。
各種指数は経済情勢一般の変化を示すものであり、必ずしも対象不動産の継続賃料固有の事情を反映しません。そのため、指数から導いた変動率をそのまま採用するのではなく、継続賃料固有の価格形成要因を加味して補正・調整することが、基準の求める「留意」の趣旨です。
用途別・指標の選び方
どの指標に比重を置くかは、対象不動産の用途や賃料の性質によって変わります。試験でも実務でも、指標を「対象に合わせて選ぶ」という視点が問われます。
| 対象不動産の用途 | 重視されやすい指標 | 理由 |
|---|---|---|
| 住宅・共同住宅 | 消費者物価指数、賃金指数、地価指数 | 居住者の購買力・負担力と土地価値の変動が賃料に影響しやすい |
| 事務所・商業ビル | 不動産インデックス、地価指数、GDPデフレーター | 投資収益性や事業環境、経済全体の物価動向が賃料を左右する |
| 店舗 | 売上・消費関連指標、地価指数、消費者物価指数 | 立地に依存する収益性と物価動向の影響が大きい |
| 工場・倉庫 | 建設費指数、地価指数、企業物価指数 | 建物比率が高く、建築費や事業者物価の影響を受けやすい |
ここで重要なのは、いずれの用途でも単一指標に依存せず、複数指標を比較して対象不動産への適合性を吟味する姿勢です。
消費者物価指数・GDPデフレーター・地価変動率の違い
物価系・地価系の代表的指標は性質が異なるため、混同しないよう整理しておきます。
| 指標 | 何を測るか | 特徴 |
|---|---|---|
| 消費者物価指数(CPI) | 家計が購入する財・サービスの価格水準 | 公表頻度が高く速報性に優れる。賃料の購買力維持の観点で参照 |
| 企業物価指数(CGPI) | 企業間で取引される財の価格水準 | 事業用不動産の費用面・物価面の動向把握に有用 |
| GDPデフレーター | 国内で生産された付加価値全体の価格水準 | 経済全体の総合的な物価指標。年次・四半期で把握 |
| 地価公示・地価調査 | 標準地・基準地の地価水準 | 土地に帰属する賃料部分の変動を最も直接的に捉える |
| 建設費・建築費指数 | 建物の建築に要する費用水準 | 建物に帰属する賃料部分の変動を捉える |
CPIとGDPデフレーターはいずれも物価を示しますが、CPIは消費段階の価格、GDPデフレーターは生産段階を含む経済全体の価格という違いがあります。地価変動率はストックである土地そのものの価値変動を示し、フローである物価指標とは性質が異なる点に注意が必要です。
スライド法の計算例
原則的方法
前提条件:
直近合意時点の実質賃料:月額40万円
直近合意時点の必要諸経費等:月額10万円
直近合意時点の純賃料:月額30万円(40万円 − 10万円)
変動率:1.05(5%上昇)
価格時点の必要諸経費等:月額11万円
スライド法による試算賃料 = 30万円 × 1.05 + 11万円
= 31.5万円 + 11万円
= 42.5万円/月
直接法
前提条件:
直近合意時点の実際実質賃料:月額40万円
実質賃料に対する変動率:1.06(6%上昇)
スライド法による試算賃料 = 40万円 × 1.06 = 42.4万円/月
計算のポイントを読み解く
上記の2つの計算例では、同じ直近合意時点の実質賃料40万円を出発点としながら、原則的方法では42.5万円、直接法では42.4万円とわずかに結果が異なっています。これは、原則的方法が純賃料30万円にのみ変動率1.05を乗じ、必要諸経費等は価格時点の実額11万円を加算しているのに対し、直接法は実質賃料40万円全体に変動率1.06を乗じているためです。
原則的方法では、必要諸経費等が10万円から11万円へと1万円増加したことが実額で反映されています。一方、直接法では必要諸経費等の変動も含めて変動率1.06に織り込まれているため、必要諸経費等の増加が変動率に適切に反映されているかどうかが結果の妥当性を左右します。両者の差はわずかですが、必要諸経費等の変動が大きい場合には差が拡大する点を意識してください。
変動率の査定を含む応用計算例
実際の評価では、変動率自体を複数の指標から導きます。簡単な例で流れを確認しましょう。
前提条件:
直近合意時点の純賃料:月額50万円
価格時点の必要諸経費等:月額15万円
各指標の変動率(直近合意時点 → 価格時点):
地価指数 :1.08(土地構成比 60%)
建設費指数 :1.04(建物構成比 40%)
※ここでは土地建物の構成比で加重して総合変動率を査定
総合変動率 = 1.08 × 0.6 + 1.04 × 0.4
= 0.648 + 0.416
= 1.064
スライド法による試算賃料 = 50万円 × 1.064 + 15万円
= 53.2万円 + 15万円
= 68.2万円/月
この例はあくまで考え方の概念的な整理です。実務では、構成比による単純加重だけでなく、物価・所得水準の指数や不動産インデックス、さらに継続賃料固有の価格形成要因も加味して、総合的に変動率を判断します。
下落局面での計算例
変動率は上昇局面だけでなく下落局面にも適用されます。地価・物価が下落した期間では変動率が1.0を下回り、試算賃料は直近合意時点より低くなります。
前提条件:
直近合意時点の純賃料:月額60万円
変動率:0.92(8%下落)
価格時点の必要諸経費等:月額18万円
スライド法による試算賃料 = 60万円 × 0.92 + 18万円
= 55.2万円 + 18万円
= 73.2万円/月
この例で注意したいのは、純賃料は8%下落したにもかかわらず、必要諸経費等が価格時点で増加していれば(たとえば直近合意時点15万円から18万円へ)、試算賃料全体は必ずしも大きく下がらないという点です。純賃料の変動と必要諸経費等の変動は方向が逆になることもあり、両者を分離して扱う原則的方法の意義がここに表れます。
複数年にわたる変動率の連鎖
直近合意時点から価格時点までが複数の年度にまたがり、年ごとに指数の変化が把握できる場合、各年の変動率を連鎖させて全体の変動率を求める考え方もあります。
ここで $r_t$ は第 $t$ 年の変動分です。たとえば3年間の年次変動分がそれぞれ $+3\%$、$+2\%$、$-1\%$ であれば、
となり、全体としておよそ4.0%の上昇と把握されます。各年の変動分を単純に足し合わせる($3+2-1=4\%$)方法と近い結果になりますが、変動が大きい場合には複利的に連鎖させる方が指数の実態に即します。ただし、これも基準が機械的に定めた算式ではなく、指数を総合的に勘案するための一つの整理である点に留意してください。
必要諸経費等の取扱い
必要諸経費等の求め方は、積算法に準ずるものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第2節
スライド法の原則的方法では、必要諸経費等は価格時点の実額を用います。変動率は純賃料部分にのみ適用し、必要諸経費等は別途査定するという構造です。これにより、純賃料の変動と必要諸経費等の変動をそれぞれ適切に反映できます。
必要諸経費等に含まれる項目
必要諸経費等は積算法に準じて求めるため、積算法における必要諸経費等と同様の項目で構成されます。代表的な項目は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 減価償却費 | 建物等の償却資産に係る費用(実質賃料を求める場合) |
| 維持管理費 | 維持費・管理費・修繕費等 |
| 公租公課 | 固定資産税、都市計画税等 |
| 損害保険料 | 火災保険料等 |
| 貸倒れ準備費 | 賃料の貸倒れに備える費用 |
| 空室等による損失相当額 | 空室・貸倒れ等のリスク相当額 |
これらは価格時点における実態に基づいて把握します。直近合意時点からの間に税率改定や管理委託料の変更があれば、価格時点の実額に反映されるため、変動率とは独立に最新の状況が織り込まれることになります。
スライド法のメリットと限界
メリット
- 直近合意時点という確定した出発点があるため、試算の根拠が明確で説明しやすい。
- 変動率という一つの係数で経済情勢の変化を反映できるため、構造が分かりやすい。
- 直接法を用いれば計算が簡便で、実務での適用負担が小さい。
限界と留意点
- 直近合意時点の賃料が、その時点で既に不相当だった場合、その不相当さを引き継いだまま変動率を乗じることになる。出発点の賃料水準そのものは検証されない。
- 変動率に用いる指標は経済情勢一般を示すものであり、対象不動産固有の事情や継続賃料固有の価格形成要因を必ずしも反映しない。
- 指標の選択や加重の仕方によって変動率が変わり得るため、恣意性を排し説得力を持たせる判断が求められる。
こうした限界があるため、スライド法は単独で結論を出すのではなく、差額配分法・利回り法・賃貸事例比較法による試算賃料とあわせて、それぞれの継続賃料としての説得力や有効性を比較考量したうえで鑑定評価額を決定することになります。
試験での出題ポイント
短答式試験
- スライド法の算定式:直近合意時点の純賃料 × 変動率 + 必要諸経費等
- 変動率の査定に用いる指標:土地・建物価格、物価、所得水準、不動産インデックス
- 直接法の存在と適用条件
- 必要諸経費等は積算法に準ずる
論文式試験
- スライド法の意義と算定方法:変動率の考え方を中心に
- 変動率の査定方法:各種指標の総合的勘案
- 4つの継続賃料手法の比較:各手法の着目点の違い
論文での書き方のコツ
論文式でスライド法を論じる際は、(1)手法の意義(直近合意時点の純賃料に変動率を乗じる構造)、(2)変動率の意義と査定方法(経済情勢等の変化に即応する変動分を、各種指数等を総合的に勘案して求めること、継続賃料固有の価格形成要因への留意)、(3)必要諸経費等の取扱い(積算法に準ずる)、(4)直接法という簡便法の存在、という順に押さえると論理が通ります。とりわけ「継続賃料固有の価格形成要因に留意しつつ」「総合的に勘案して」というキーワードは、変動率を機械的に算出するものではないことを示す重要な表現として、必ず盛り込みたいところです。
暗記のポイント
- スライド法 = 直近合意時点の純賃料 × 変動率 + 価格時点の必要諸経費等
- 変動率は「土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数や不動産インデックス等を総合的に勘案」
- 直接法:「実際実質賃料に即応する適切な変動率が求められる場合」に可能
- 必要諸経費等は価格時点の実額を加算し、求め方は積算法に準ずる
よくある間違い
- 変動率を実質賃料に乗じてしまう(原則的方法では純賃料に乗じる)。
- 必要諸経費等にも変動率を乗じてしまう(原則的方法では価格時点の実額を別途加算する)。
- 直近合意時点を「当初契約時」と固定してしまう(直近の合意時点であり、改定があればその時点)。
スライド法に関するよくある質問
スライド法と率スライドは同じものですか
「率スライド」は、賃料を一定の指数や率に連動させて改定する実務上の方式を指す呼び方で、賃貸借契約上のスライド条項(賃料自動改定条項)などで用いられます。鑑定評価上の「スライド法」は、こうしたスライドの発想を継続賃料の試算手法として体系化したもので、直近合意時点の純賃料に変動率を乗じて求める点に特徴があります。両者は密接に関連しますが、前者は契約上の改定方式、後者は鑑定評価の手法という位置づけの違いがあります。
変動率はマイナス(賃料下落)になることもありますか
なり得ます。変動率は経済情勢等の変化に即応する変動分を表すものであり、地価や物価が下落した局面では1.0を下回ることもあります。変動率が0.95であれば、純賃料は直近合意時点から5%下落したと評価されます。スライド法は上昇局面・下落局面のいずれにも適用できる手法です。
スライド法だけで継続賃料を決めてよいですか
通常は、スライド法のみで鑑定評価額を決定することはありません。差額配分法・利回り法・賃貸事例比較法による試算賃料とあわせて、それぞれの手法の特性や対象不動産への適合性、資料の信頼性等を比較考量したうえで鑑定評価額を決定します。スライド法は、直近合意時点からの変化を反映する点で説得力を持ちますが、出発点の賃料水準そのものは検証しないという限界があるためです。
直近合意時点はいつを指しますか
実際支払賃料を定めた直近の合意時点を指します。当初の契約締結時とは限らず、その後に賃料改定の合意があれば、最後に合意した時点が直近合意時点となります。
変動率の査定に取引事例の取引価格は使いますか
変動率の査定に直接用いる中心的な手掛かりは、各種経済指数や不動産インデックスです。取引事例の取引価格そのものは、地価の変動を裏付ける資料として参考になることはあっても、変動率を直接導く指標として基準が例示しているものではありません。基準が例示するのは土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数です。
スライド法と利回り法はどちらが優先されますか
優先順位が一律に決まっているわけではありません。いずれを重視するかは、資料の信頼性や対象不動産への適合性によって個別に判断されます。直近合意時点の賃料水準が信頼でき、その後の経済情勢の変化を指標で的確に捉えられる場合はスライド法の説得力が高まり、基礎価格や継続賃料利回りが安定的に把握できる場合は利回り法の説得力が高まります。
関連論点
スライド法を体系的に理解するには、継続賃料をめぐる周辺論点もあわせて押さえておくと効果的です。
継続賃料を求める前提となる概念
継続賃料は、既存の賃貸借契約の当事者間で成立する賃料であり、新規に募集する賃料とは性質が異なります。直近合意時点・実際実質賃料・実際支払賃料といった概念は、スライド法だけでなく差額配分法・利回り法にも共通する基礎概念です。これらを正確に区別できることが、4手法を横断的に理解する土台になります。
新規賃料の手法との関係
スライド法の必要諸経費等は積算法に準じて求めます。積算法は新規賃料を求める手法ですが、その必要諸経費等の構成や考え方が継続賃料の手法にも援用されている点に、新規賃料と継続賃料の手法のつながりが表れています。新規賃料の手法を理解しておくと、継続賃料の手法の構造も自然に頭に入ります。
鑑定評価額の決定における位置づけ
スライド法による試算賃料は、それ単独で鑑定評価額になるのではなく、他の手法による試算賃料と比較考量されたうえで鑑定評価額の決定に至ります。各試算賃料の説得力や有効性をどう判断するかという論点は、継続賃料の評価全体に関わる重要なテーマです。
まとめ
スライド法は、直近合意時点の純賃料に変動率を乗じて価格時点の純賃料を求め、必要諸経費等を加算して継続賃料を算定する手法です。変動率は、土地及び建物価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数や不動産インデックス等を総合的に勘案して求めます。原則的方法では純賃料に変動率を乗じ、必要諸経費等は価格時点の実額を加算します。実質賃料全体に妥当する変動率が得られる場合には、直接法による簡便な算定も認められています。
スライド法は構造が明快で説明しやすい一方、出発点となる直近合意時点の賃料水準そのものは検証しないこと、変動率に用いる指標が経済情勢一般を示すものであることといった限界があります。そのため、継続賃料固有の価格形成要因への留意が欠かせません。
差額配分法、利回り法、賃貸事例比較法とともに継続賃料の4手法を構成しており、それぞれの着目点の違いを理解したうえで、継続賃料固有の特殊性も含めて体系的に学習することが試験対策として重要です。積算法による新規賃料との関連も意識してください。